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繁華街の賑わったストリートを半分に切るようにそこだけ車の流れが多い道路が横切る。
信号が青に変わるのを何も考えずにぼーっと突っ立って待っていた。
早番で夕方五時に終わったとはいえ、秋が深まりかけた季節、辺りは夕暮れ時の薄暗さ。
青に変わって渡りきったとき、偶然目の前に知っている顔をみて驚いた。
「先生!」
思わず声が出る。
先生も「おー」と声をあげて昔の記憶が遡って突然思い出したように私を見ていた。
中学の体育の先生と言えば、佳奈美はすごく嫌っていた。
佳奈美は真面目に体育の授業を受けていても成績は悪かったが、私がどんなに体育をさぼっても成績はいつもよかった。
佳奈美は体育の先生は贔屓をすると言っていた。
それは私も認める。
私は贔屓されていた方だったから。
本当にわかりやすい図式で──。
佳奈美と違って私は中学生の時はこの体育の先生が好きだった。
髪は少しカールが入ってそれがワイルドだったし、そして顔はハンサムで、またスポーツが専門だっただけに体格もよかった。
何よりもあの当時はまだ先生になりたてで年も25歳くらいで若く魅力的だった。
私は自ら積極的に先生に話し掛けていたし、先生も私には心許す部分があった。
先生を持ち上げてそしてそれと同時に心を開かせる。
大げさだけどそれが天性とでも言うべき能力だったのかもしれない。
どうすれば喜ばれるのかということを子供ながらわかっていた。
そういうこともあって、この先生にはかなり気に入られていた。
あれだけ体育の授業をさぼりながら、テストもいい加減に受けて決して点数はよくなくても、成績は必ず5段階の5というのが、贔屓の何者でもないのであ
る。
だからこの時出会って懐かしい感情と共に、素直に中学時代に憧れていた存在に会えて久しぶりにワクワクした気分になった。
中学以来久しぶりに会ったので、幾分か成長した私の姿をまじまじと見て先生はきれいになったと感心するように言った。
その目はもう元教え子として見てなかったように思う。
偶然に出会った男女とでも言うべきシチュエーション。
だから話は近況の報告からずれて、先生の目はどんどんいやらしくなっていく。
中学のとき私が慕ってたことで先生を好きだったことも本人は知っている。
それを利用できると思ったのだろう。
そしてホテルに行こうと誘われたときは、やっぱりそう来たかとあまり驚くこともなく冷静に受け止められた。
私ももう社会人。
過去に失恋をしてまだそれをどこかで引きずっているところがある。
そんな気持ちもそろそろ捨てなければっていうのもあったと思う。
それに中学のとき憧れていた先生ということもあり、心の中はそれでもいいかなとそういう行為を受け入れる部分があった。
先生は手を合わせて『頼む』といって来た時はさすがに驚いたけど、元教え子にそんな態度を見せるのも自分の方が立場が上に思えて、笑みを浮かべ軽くOK
をしてしまった。
初めてのことを一番好きな人のために取っておくなんて私にはもう関係がなかった。
一番好きな人を失った後では、そんなもの取っておいても意味がなかったから。
私は先生と躊躇せずにホテルに入った。
この時私の目は上から目線だったと思う。
手玉に取るというべき優越感もあったかもしれない。
これが遊びという感覚なんだと身をもって体験した。
いつか友達が制服でホテルに入っていったときのことを思い出す。
この時、彼女のことが理解できると思ったもんだった。
自分が割り切れるなら、こういうこともありなんだ……
何もかも初めてなのに、私は落ち着いたものだった。
ラブホテルもふーんという感覚で観察している。
部屋に入れば大きなベッドが一番最初に目に入る。
ここでするのか──。
他の人は部屋に入って一番にどういうことを思うのだろう。
そんなことを考えていると、待ちきれなかったのかいきなり先生が抱きつき、さっさとベッドの上に倒された。
先生とは一回り以上も年が離れている。
だけど先生の方が幾分も子供に見えた。
男って女を目の前にするとこうも甘えてくるものなんだろうか。
ただ、経験豊富な男であったことは認める。
お陰で初めてのことがとてもスムーズに済んだ。
私はもうこれで大人の女になったような気がした。
先生とはそれっきりの関係で、どちらも何も求めずお互い後腐れなかった。
一番最初のことがプラトニックに終わって感動も何もない。
ただ最初の儀式が終わった程度のものだった。
これが三岡君とだったら、こんな冷めたものじゃなかったと思う。
額にしてくれたあのキスだけは人生の中で一番大切な思い出としていつまでも私の心に残る。
初めてのセックスよりも最高に感動的で体が燃えたものだった。
そう思うと、どんなに経験豊富であっても、先生とのセックスなんて大したことなかったって思える私がいた。