遠星のささやき

第9章 押し込まれていた本当の気持ち

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 仕事場のスタッフは皆気さくで気を遣うことはない。
 ここまで来るにはそれなりの苦労もあったけど(マルちゃんの意地悪の件)、私もすっかり溶け込んでしまったということだ。
 店長も見かけはひょろひょろとエノキ茸みたいだが、中身は熱血的で面倒見がよく、皆から慕われている。
 この人の気配りで社員、アルバイト達の歯車がうまく噛み合ってるといっていいのかもしれない。
 この飲み会も店長のアイデアだった。
 今回はこの日出勤していた全てのスタッフと休みだったアルバイトまでもが誘われ、あのマルちゃんも参加している。
 マルちゃんは結婚しているのに、店長が好きでたまらない。
 店長とは同い年らしい。
 店長の前では意地悪さが消え、先生を慕う生徒のようにじゃれ付く。
 店長はうまく逃げては、攻撃をさらりとかわす。
 傍から見ると漫才のように笑えるものになるから、店長の人と接するコミュニケーション力の高さには感心させられる。

 男性スタッフは店長と、正社員の高山君という私より1歳年下の男の子、そしてその他アルバイトの3人。
 女性スタッフはマルちゃんと私の他に、私より一回り年上の広江英子さんという人と大学生のアルバイトが1人。
 合計9人でこの店の仕事をまかなっている。
 私は英子さんと結構仲がよく、休憩もよく一緒に取ることが多かった。
 ただ、この人かなりの厚化粧。
 本人は美人だと思っているのでそこを男性スタッフにネタにされ、影でからかわれている。
 なぜなら誰が見ても美人とは程遠い白く浮き上がるだけの顔となっていたからであった。
 でも彼女は知っているのか知らないのかお構いなしでマイペースな人だった。
 この人も過去に恋焦がれた人がいて、今でも忘れられずにずっと思い続けているらしい。
 でも彼女の話を聞いていると、全く相手にもされていなくて、ただの片思いに夢見ている感じを受けた。
 だけど過去の恋愛を引きずるという点では、思う気持ちは似たところがあるかなと、英子さんが恋愛の話をするときはとりあえずはふんふんと聞いてあげてい た。
 時にはイラッとして早く新しい人を好きになればいいのにと思うこともあったが、それはそっくりそのまま自分に返ってくる言葉だった。
 それができないからいつまでも同じ場所に留まることしかできない。
 私もよく知っていることだけに英子さんを見てると、未来の私の姿に見えてくる。

 英子さんが高山君にちょっかい出すつもりで何かを話して、機嫌よく笑っている。
 からかっているつもりが、逆に高山君に嘲笑われて痛い人に見えた。
 なぜか私がやるせなくなってタイムカードを力強く機械に突っ込んでいた。
 誰かが「おつかれ」と言って入ってきた。
 バイトの子達だった。
 飲みに行くメンバーが次第に集まり、客のいない店がワイワイと騒がしくなっていく。
 
 店を閉めた後、集まったメンバーが繁華街を大移動する。
 店長が案内人で先頭を歩くと、マルちゃんがじゃれた犬のように店長に絡みながらついて行く。そして男性スタッフとバイトの女の子がノリよく話しながらそ の後を続き、最後に私と英子さんが物静かについていった。
「よし、ここで予約入れてるから」
 店長が熱血教師のように店の看板を指さして叫ぶ。
 そこはこの辺りでは名の知れたチェーンの居酒屋だった。
 若者達はノリよく、楽しく返事をしていた。
 義理でついてきた私にはそのノリは少し辛いものがあった。
 
 居酒屋に入ると、入り口で靴を脱ぎ下駄箱に入れさせられた。
 全てがお座敷だがどこも掘りごたつになったテーブルになっている。
 お酒が入る場所は、ガヤガヤとうるさく落ち着きがない。
 それだけ楽しく飲んでいるんだろうが、落ち込んでいる私には耳障りそのもの。
 それぞれの話で盛り上がっている人たちの横を通り、自分達の席へと案内された。
 テーブルの一番端に控えめに座り、英子さんとは向かい合わせになっていたが、暫くすると英子さんの目が私の後ろの何かを捕らえて、それをずっと追うよう に見ていた。
「何を見てるの」
「今、後から入ってきた男性達の中にすごくかっこいい人がいて見惚れてた」
 恥ずかしげもなく言ってくる。
 彼女はかなりの面食いだった。
 私もどんなハンサムな人がいたんだろうと何気なく振り返ってみた。
 それを見て息が止まるくらい驚き、頭が真っ白になった。
 英子さんが見ていた男性達は全て私が知っていた顔だった。

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