幽霊と見たあの日の夢は終わらない

第二章


2 胡内(こうち)大志(たいし)

「そうだな、だったらやっぱりコーセー、見て来い」

 普段コーセーはノリよくて俺のいうことは素直に聞く。時々反抗しようとするが、俺の命令は絶対だから俺がいつも勝つ。

 コーセーはお調子者で軽く、すぐ笑いを取ろうとふざけがちだ。時々それがうざいと思うこともあるけど、そういう時はちょいと顔をしかめるだけで収まる。ちょろいというのか、いつもヘラヘラしてまさに下っ端と言う言葉がよく似合う。

 俺はコーセーを見下している。俺には絶対に逆らわない、都合のいい奴だと。

 だから平気で嫌な事をコーセーに押し付けられる。だからコーセーを無理に押しやった。

「大志、ちょっと待ってよ」

 その時ミーシャが俺の体に体当たりしてきて突き飛ばした。

 何すんだよと言おうとしたら、ミーシャがコーセーと手をつなぎ出した。

 俺は驚いて、棒立ちになっていた。

 ミーシャが命綱の代わりにコーセーと手を繋ぐ姿は見ていてこっちまでドキドキしてしまう。和泉も静かに見ていたところを見ると、ミーシャの行動にびっくりしていたに違いない。

 コーセーが廊下に出ても、結局何も変わらない。

 俺もほっとした。

 入り口で半分身を乗り出したミーシャも安堵して、そこで手を離したときだった、コーセーが空間に吸い込まれるようにスパッと消えた。

 一瞬の事で俺たちは何も出来なかった。

「コーセー!」

 そこにいた全員が叫んだ。

 ミーシャは後を追いかけようとしたけど、咄嗟に和泉がミーシャの腕を取って引き止めた。

「ミーシャ、落ち着いて」

「でも、コーセーが」

「とにかく、これでこのドアから出たら消えてしまう事がわかったわ。もう少し慎重になろう」

 和泉は自分が怖いからミーシャに側にいてほしい気がした。

 俺だってこの世界に来てから不安でたまらない。でも和泉が一緒だから臆病だとは思われたくないし、男だからしっかりしてみんなを引っ張っていかないとも思う。

 だけど、かっこつけていられないほどコーセーが消えて衝撃を受けていた。

「それじゃ、次何すればいいんだよ。ここにいても解決できないなら、私はコーセーの後に続く。ほら、ゲームでもよくあるじゃない。何かに触れたらそこが隠れ扉だったり、次に続くステージの入り口だったりさ」

 俺もそんなゲームをたくさんこなしてきたけど、罠だってこともあった。

「おい、そんな簡単に言うけどさ、安全の保障は全くないんだぜ」

 俺が横から口出しすると、ミーシャはじっと俺を見返す。

「そんな安全の保障がないといいながら、コーセーを突き出していたよね」

 俺はドキッとする。

「あれは、ちょっとふざけただけで、本気だったわけじゃ……」

 ノリというのもあったし、あの時は引っ込みがつかなくなってヤケクソであんな行動を取ってしまった。

 俺は後先考えないでその時の思いつきでつい行動してしまう事が多い。自分でも抑えられずに衝動でやってしまう。

「クラスの中ではいつも中心になって目立っているけどさ、大志って虚栄心の塊だね。それでかっこいいと思っているんだから笑っちゃう」

 ミーシャの毒舌は有名だ。だけど、的確なほど言い当てているから言い返せない。それでいて悔しくて心がかき乱される。

 俺が黙っている間、ミーシャは和泉に謝り出した。

「和泉、ごめん。大志とふたりにしてしまうけど、和泉ならきっと大丈夫だと思う。私はコーセーの後を追いかける。そして広瀬と理夢を探してくる」

「ちょっと待ってよ、ミーシャ。じゃあ私たちはここで何をしたらいいの?」

「それは和泉が考えて。この部屋にまだヒントが隠されている可能性もあるから、何か見落としてないかよくみて」

 そういい残すと、ミーシャは教室の外に飛び出した。案の定、姿はコーセーのときと同じようにぱっと消えた。

「ミーシャ!」

 和泉の声が教室に響いた。

 その後、俺たちは放心して突っ立ったままだった。

 また静かになった教室。動かない担任と席についているクラスメートたちに目が行った。

 フラストレーションから片っ端からぶった押したくなってしまう。いい加減に元に戻ってくれよ。もうこんなのたくさんだ。


 俺は自分の思うようにならないと爆発しやすい。

 人の前では必死に抑えてはいるが、誰もいないところでは物を投げたり蹴ったりしていた。物を壊すことなんてしょっちゅうだ。

 心に溜まったどうすることもできない不満に捉われると俺はヤケクソに陥りやすい。

 そうならないようにするためには、自分がすごいんだとみんなに認めてもらって自尊心を高めるしかなかった。

 人気者になって注目されていると俺はそれで満足するのだ。

 みんなが俺の周りに集まりちやほや持て囃してくれると気分がよくなってくるし、自分が必要とされているんだと思うことでプライドが満足する。

 そこにコーセーのようなお調子者がいれば、自分がリーダーになれたみたいで気分が高まっていた。

 俺はコミュニケーション力が高く、知り合いだって多い。女の子にだって告白されたこともある。それは好みじゃないから付き合わなかったけど。だけど悪い気はしなかった。

 こうやって自分に満足している時は何もかも順調にいく。

 でもこれには波があって、いい時はいいけど悪くなるともうだめだ。俺はしょっちゅうそれに悩まされている。それはいつも満足できない心や嫉妬心からやってくる。

 初めてそれを感じたのは小学六年の時だった。

 俺は模型を作ったり絵を描いたりと、図工が好きだった。自分でも手先は器用な方だと思っていた。

 小学五年生まではクラスの中で絵を描くのが上手いといわれていて、先生にもよく褒められていた。

 だけど六年生になって広瀬の絵を見たとき次元の違いを感じた。

 どんなに頑張っても超えられない差があった。

 俺は広瀬に嫉妬した。だけどクラスで人気者だったのは俺の方だったから、広瀬の絵が上手くても広瀬は図工のクラス以外では話題になることはなかった。

 俺の方がクラスの中心人物だったから、何の勝ち負けかわからないのに、自分の方が勝っているなんて思っていた。

 まだその時は広瀬とは無邪気に遊んだりしていた。

 しかし、広瀬の描いた絵が全国のコンクールで金賞を獲ったとき、事態が急変した。

 学校の全校集会で校長先生がそれを紹介し、みんなの前で賞状を渡したのだ。その時の俺の嫉妬はすごかった。

 なんであいつが獲るんだよ。なんで俺よりも目立つんだよ。

 自分が到底叶わないことをしでかした広瀬が憎かった。

 クラスのみんなは素直に祝福し、広瀬を褒め称えた。のちにそのコンテストのスポンサーから広瀬は副賞の商品をもらい、メディアも広瀬の事を取り上げニュースになったことでクラスでも大騒ぎになった。

 広瀬はすっかり自信がついて、将来は絵の仕事をしたいと夢を抱く。その頃からノートに漫画を描いてクラスでそれを回し読みしていた。

 俺にもそのノートが回ってきたけど、面白くないに違いないと決め付けてパラパラと見ていた。

 嫉妬心があると例え面白かったとしても悔しくて認められないのだ。それでも怖いもの見たさで見ていた。

 そこにはクラスメートたちをモデルにしたキャラクターがいて、当事人気のあった漫画のパロディ風に描いていた。

 内輪だけが楽しめる話だからみんなに大いに受けて、誰もが読みたいと広瀬は人気者になっていった。

 俺が築き上げてきた友達関係がそれで崩れ出し、仲が良かった奴らが広瀬を囲んで輪を作る。

 今まで休み時間になるとすぐに俺の机の周りに集まってきた者たちが広瀬のところへ行ってしまい、俺は自ら広瀬の周りに集まっているグループに入るのに抵抗を感じていた。

 プライドが許せず、なぜ自分のところに集まってこないんだとみじめだった。

「大志、何してんだよ、早く来いよ」

 誰かが俺を呼べば、そういうときだけ何気ない様子を装いみんなの輪に入る。広瀬とは表面上仲いいフリをしても、心の中は嫉妬でどろどろだった。

「ちょっと広瀬君、その漫画見せて」

 和泉が友達を引き連れてやってきた。広瀬は緊張してノートを手渡し、受け取った和泉は周りの女の子と一緒になって見ていた。

「これクラスメートがモデルなんでしょ。私も描いてよ」

 和泉にリクエストをもらったことで広瀬の顔がぱっと明るくなった。和泉から相手にしてもらえた事が嬉しかったのだろう。

 俺ですら直接和泉から声をかけてもらったことなんかない。和泉のことは好感持っていたから、悔しくてたまらなかった。

 たかが絵を描けるだけで、どうしてちやほやされるのだろう。俺だって決して下手じゃないし、描けることは描けるけど、広瀬のように賞は獲れない。

「俺も漫画描いてみようかな」

 注目を浴びようと無理して言ってみたが、すぐさま近くにいた奴に鼻で笑われた。

「広瀬みたいに上手く描けるのかよ」

 絶対に上手くかけないからやめろと俺には聞こえた。

「大志も描いたらいいよ。そのときは見せて」

 その輪のリーダーになったとでも思ったのだろうか、広瀬に情けをかけられたら腹が立つだけだった。

 結局漫画は描くことはなかったが、その代わり広瀬よりも目立とうと授業中誰よりも手を挙げたり、困った奴がいたら手助けしたり、掃除も進んでやっていた。

 内心、面倒くさいと思いつつ、いい顔をして好かれようと必死だった。

 暫く惨めな日々が続いたが、そのうち広瀬の漫画のネタが切れてマンネリ化しだすと飽きられ、広瀬の人気は落ちていく。

 それと引き換えにまた俺の方に友達が戻ってきた。おれは調子に乗って、もっとクラスの人気者になろうと自己顕示欲が強くなっていった。

 中学に上がる前、小学生の時のようにみんなから慕われるこのままの状態を保てるか不安になっていた。

 誰にも相手にされない事が俺の恐れていることだった。

 最初が肝心だと、中学の入学式から新しいクラスメートに向かって気軽に挨拶し自分をアピールする。

 それは功を奏し、俺と言う存在を知らしめた。そこからふるいにかけて自分と合いそうな奴らとつるむ。

 中学のはじまりはいい感じにスタートしてホッとした。

 広瀬は隣のクラスにいたが、割と派手なやつらとつるんでいるように見えた。

 同じクラスにならなくてよかったと思い、登下校や廊下で会っても無視をした。

 広瀬も中学に上がってかっこつけだして、俺のことなんてどうでもいいみたいだったからおあいこだ。

 中学にあがると小学生の無邪気さが一気になくなり、急に周りを意識し出す。誰もが尖ってくるんだと思う。

 何を基準に競争心が出てくるのか不思議なくらい、あいつには負けたくない気持ちが突然芽生え、隠れてライバル意識を抱いたりもする。

 不安定な時期。

 何かのバランスが崩れて敗者になるとつまはじきされたり、そこから虐めが発生したりと繊細な感情がどっちに転んでもおかしくないくらいあやふやだ。

 ひとりひとりが意見をもってしっかりとしていたらいいけども、中学生では無理だ。

 大概は強い方へと流れて意見を合わせてしまう。本心は何も納得してないのにも関わらずだ。

 みんなひとりになるのを恐れている。

 誰かがいじめられた時、自分じゃなくてよかったって思って見ぬふりだって平気でできる。

 好きでもなく友達でもない相手を助けられる奴なんて滅多にいない。

 みんな自分にふりかかってなかったらどうでもいい。

 でも俺はそんな流れを変えてクラスをよりよいものに引っ張れるそんな役柄を目指していた。

 そこには自分がすごい奴だと思われたい下心を抱えていたし、目立ちたい精神も抑えられなかった。

 ただ人には負けたくないというわけの分からない闘争心がそうさせていた。

 俺の方は昔からそういうことをしていたから馬鹿な奴といわれても、まだ俺をサポートしてくれる奴に恵まれた。

 だけどこれでいいのだろうかと自分を否定することも多々あった。

 そういう時はいつも感情の波がピークに達する時だ。それが今やってきている。俺は一体どうすればいいのだろう。

 俺の隣には和泉がいるというのに――。


「……大志、大志!」

 和泉の呼ぶ声が耳に届いて俺はハッとして振り返った。

「何、ぼーっとしてんのよ。これからどうすればいいのか一緒に考えてよ」

「俺だってわかんねぇーよ!」

 つい感情的に和泉に八つ当たってしまった。そのあとで後悔して目を逸らしてしまう。

 和泉は深いため息を吐いて、動かない担任に視線を向けた。

「先生、私たちどうすればいいんですか」

 おしょうからはなんの反応もない。ずっと教科書を片手に口を半開きにしたままだ。

 和泉は暫くおしょうを見ていたが、そのうち感情が高ぶった。

「先生、助けてよ」

 和泉はおしょうのシャツをつまんで二、三回引っ張った。

「そんなことしても無駄だろ」

「無駄とわかっていても、おしょうには頼りたくなるの」

 和泉の気持ちもわからないでない。


 おしょうは常に生徒の立場に立って考えてくれる。

 二年になった新学期、また新しい友達付き合いで不安を抱いていたら教壇の前でおしょうが言った。

「胡内、私のクラスを盛り上げてくれよ。お前が私のクラスにいてくれて嬉しいよ」

 みんなの前で俺の存在価値を認めてくれたから、俺は舞い上がった。

「時々、羽目をはずしてバカをやるけども、みんな大目にみてやれよ」

 遠まわしにほどほどにしろといわれたみたいだ。でも嫌な気はしなかった。

「いいか、みんなそれぞれ孤独を抱えている。それは自分だけじゃないんだぞ。周りが楽しそうに見えて、自分がそうじゃな かったら惨めに思うこともあるだろう。卑屈になることだってある。だけどな、それは当たり前の感情だ。私も何度も挫折した。でもな、必ずそれは未来で役に 立つぞ。苦しい時こそチャンスだと思ってみろ。きっと次への新しい扉が開くって思えるはずだ」

「そんな簡単にいくとは思いません。もしそのまま苦しさに押し潰されたらどうするんですか」

 和泉が訊いていた。

「その時は私のところに来なさい。私が必ず助けてやる」

 その言葉は体がしびれるほど力強かったのを覚えている。


 おしょう、俺たちどうすればいいの。あの時、助けてくれるっていったじゃないか。

 おれも嘆きたかったけど、和泉にああいった手前、言っても無駄なのは分かっていた。

 だけどここからこのピンチをどうやってチャンスに変えればいいんだろう。和泉にいいところをみせたいのに、なんの策も浮かばない。

「ねぇ、大志」

 和泉が俺に向かってきた。

「な、なんだよ」

「ふたりで突っ立っているだけじゃなんの解決にもならないから、もう一度最初から整理しない?」

「何をだよ」

「んもう」

 和泉は黒板の前に立ちチョークを手にした。

「この状況で動けるのは」

 黒板に、大志、広瀬、コーセー、ミーシャ、和泉、と順番に書き、最後に理夢(記憶がない)と書いた。

「私が後ろに飾ってあるドリームキャッチャーのことを尋ねたら、理夢は知ってると言った」

 ドリームキャッチャーと書いて理夢と線で繋げた。

「実は前に理夢とドリームキャッチャーの話をした事があったの。その時理夢は学校でそれを探してたんだ」

「なんで?」

「わからない。理夢はその理由を教えてくれなかった」

「それじゃあそこに飾っているアレって何かの意味があるのか?」

「多分、あれが何かのヒントになってると思う」

「確か、ミーシャはアレをあそこに飾ったのは比呂美(ひろみ)とかいってなかったか? 比呂美ってマスコット人形を壊された竹本(たけもと)のことだろ」

「うん。そしてその比呂美は教室にいない」

 和泉は比呂美と黒板に書いて、最後に?とクエッションマークを書き込んだ。

「ミーシャが比呂美を探しに行こうとして、なぜか広瀬がそれを危ないからと言って止めた。そして俺は臆病者扱いしたんだった。そしたら広瀬は――」

「『悪夢の中に閉じ込められている』っていったんだったよね」

 和泉は悪夢と書いて、俺たちの名前を囲むように大きな丸で囲んだ。

「広瀬は何か知っているような口調だったから俺たちは説明を求めたら……」

 俺が言えば和泉がその後を続ける。

「――何も言わずに理夢の手を引っ張って教室から突然出て行って消えた」

「その後、コーセーとミーシャも教室から出て行って消えて、俺たちはこうやって事の起こりを整理している……今はこんな感じだな」

 俺と和泉は交互に話を続けあった。

「私の意見としては、理夢の記憶が戻れば全てが上手く行くと思うんだけど」

「その理夢は広瀬と消えてどこにいるか分からない」

「今頃ミーシャとコーセーが探しているところだと思う」

「でも探したところでどうやってここに戻ってくるんだ。それに理夢が記憶を取り戻す保障もない」

「そうすると、この比呂美の存在が鍵なんじゃないかな。あそこになぜドリームキャッチャーを飾ったのか、その意味がわかれば一歩近づくと思わない?」

「まあ、そうかもしれないけど。でもどうやって探せばいいんだ。教室から出ると俺たち消えちゃうんだぜ」

 和泉は後を見つめ、おもむろにドリームキャッチャーに近づいていく。俺も後を追った。

 俺たちがそれを見つめ他に何かヒントがないか探していたときだった。クラスの後ろのドアが突然開いた。

 俺たちは驚きのあまり「うわぁ」と声を上げた。

「えっ、ちょっと脅かさないでよ。なんで私が入ってきたら驚いた声をあげるのよ」

 そこには同じように驚いた比呂美が立っていた。

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