幽霊と見たあの日の夢は終わらない

第五章


 3 ショーア

 ドッジボールの試合に勝ったのはいいが、ボクの前から彼らは消えてしまい、そして残ったのはお面をつけたり、仮装したりしている黒服の大人たちだった。

 みんなは一体どこにいったのだろう。もしかして、この人たちに抹殺されたのだろうか。ボクだけが幽霊だから残ってしまったんだろうか。

 ボクが顔を青ざめて不安になっていると、大人たちは勝手に会話を始めた。

「あいつら、今頃、教室に戻っただろう」

 石仮面が言った。

 教室に戻った? じゃあ無事なのだろうか。

 それにしても一体これは何のキャラクターなのだろう。見た事がない。

「あー裾が長すぎて動きにくかった。隠れていた掃除用具入れから出たときも踏んでこけそうになってたのを踏ん張ってたけど、試合でとうとうこけてしまったよ」

 死神が言った。

 そういえば、あの時変な動きをしていたけど、あれは裾を踏んで慌てていたからなのか。

 今となっては怖くないけど、これも何のキャラクターだろう?

 赤のお面と能面が手を取り合ってはしゃいでいる。ふたりは仲が良さそうだ。

 ピンクのくノ一とハゲの博士もお互いを見詰め合って、ほっとしたように一息ついていた。

 やっぱり見れば見るほど奇妙だ。顔は隠して変装してるけど、みんな黒い服というのも喪服みたいだ。

「お疲れ」

 ハゲの博士が体育館の出入り口を見つめて突然声を上げる。

 ボクが振り返るとまた黒いスーツをを着た眼鏡の女性がやってきた。

「終わった?」

「終わった、終わった。裏方ご苦労様」

 ハゲの博士が答えた。

「私だけ、見せ場なかった」

「何言ってるの、重要な役だったでしょ」

「放送したり、扉を閉めたり、緞帳を上げたりする雑用が?」

「こんな馬鹿げた格好するよりましだったでしょ」

「それもそうだね」

 ふたりは笑い合っていた。

 呆然と立ち尽くすボクを静かにくノ一が見ていた。目が合うとボクに礼をする。

「ショーアさん、お久しぶりです」

 ボクを知っているかのように親しく挨拶するけど、ボクは全然知らない。

「この人がショーアさんか。うわぁ、ハンサムな人だ。お会いできて光栄です」

 眼鏡の女性が言った。この人は私に会った事がなさそうだった。喜んでくれているのに、瞳がどこか寂しそうで潤んでいた。

 他のみんなもぞろぞろとボクの前に集まってきた。そして静かにボクを見る。こんな格好の七人の大人たちを前にすると、ボクは怯んでしまった。

「み、みんなは無事なんですか」

圧倒されながらボクは訊いた。

「あいつらはとっても無事です。ショーアさんのお陰で」

 死神が答えた。

「ボクのお陰?」

 ドッジボールで最後を決めて勝利に導いたからだろうか。

 元の世界に戻れたのならそれでいい。ただ最後にお別れをきっちり出来なかったことだけが悔やまれた。

 この時、みんなは顔につけていたものを外し出した。大人にしては若く見えるけど、自分よりはかなり年上だ。二十代後半から三十前くらいだろうか。

 素顔は歴としたどこにでもいる大人たちだ。仮面を外せば笑顔が見え親しみが湧き、みんないい顔をしていると思った。

 だけど、不思議と初めて会った気がしない。そしてボクを見つめるみんなの目が次第に潤んで、今にも泣きそうだ。

「皆さんは一体誰なんですか?」

 ボクが訪ねるとみんなしゃきっとして姿勢を正した。

「僕は広瀬歩夢です。建築士やってます」

 死神のマスクを手にぎゅっと持ちながら自己紹介を始める。

「ひ、広瀬君?」

 ボクが聞き返すと、頷いた。言われたら、さっきまで会っていたあの少年の顔と面影があることに気がつく。

「それじゃ、みんなは……」

 ボクははっとした。

 次は石仮面だった人が口を聞いた。

「俺は胡内大志。銀行員してます」

 きりっとした凛々しさが出ていた。

 赤の仮面を持った人は「一之瀬光星です。お巡りさんになって町を守ってます」といい、その隣で能面を持った人が「一之瀬実紗、通称ミーシャ。パートだけど、幸せです」と言った。

 このふたりの姓が同じということは結婚しているんだ。

 博士だった人は「和泉貴子です。弁護士です。まだ独身です」と、堂々としていた。

「一応、私も。舟岡比呂美です。旧姓は竹本です。手芸教室を開いてます」

 この子が、元に戻る鍵になった子だ。そうか、そういうことか。

「理夢・ジョンソンです」

 あれ、佐野さん? 外国名? 私が不思議な顔をしていると、「国際結婚しました」と付け加えた。

「あーあ、俺はてっきり広瀬と結婚すると思ったのにな」

 大志君が言った。

「だって、広瀬君、なかなか煮え切らないんだもん。私も留学したし、その時に旦那と知り合っちゃったから」

 佐野さんはあっけらかんとしていた。広瀬君はまだどこか未練が残っているのか苦笑いになっている。そこは色々とあるのだろう。

「和泉もさ、まだ独身だったら俺のとこにこいよ」

 調子に乗る大志君。

「今は仕事が大切なの。それにバツ一のあなたのところに誰がお嫁に行くものですか。あっ、広瀬君ならいいかも」

 和泉さんは広瀬君にウインクしていた。

「私たちだけが、ラブラブだね、コーセー」

「いつまでも大好きだよ、ミーシャ」

 ふたりはとても仲が良さそうだ。

「あら、私だって旦那とラブラブよ」

 負けずに比呂美さんが言っていた。きっと素晴らしい旦那さんと出会ったのだろう。

「みんな立派になったんだね。大人になったみんなに会えて嬉しい。だけど、どうしてここに戻って、中学の自分自身を虐めるような事をしたの?」

 ボクが訊くと、みんなそれぞれ顔を合わせて恥ずかしそうにしていた。

「ここに戻れたのは前回と同じようにドリームキャッチャーに導かれてだけど、いざ過去の自分に会ったら恥ずかしくて、まともに自分と向き合えなくて、それで俺は広瀬に全部任せっちまった」

 大志君は頭を掻いて照れていた。

「お陰で、昔の仕返しが出来たよ。それはスカッとした。だけど、お前の無力さが却って可哀想にもなったよ」

「昔の俺に蹴りいれて容赦なかったからな、広瀬は。今思うと、お前酷い奴だな」

 笑い飛ばしているふたりの間にはわだかまりなどみえなかった。どちらもいい笑顔だ。

「ショーアさん」

 佐野さんが呼んだ。私が振り向くと真剣な眼差しを向けた。

「私たち、この世界の謎が解けました。元の世界に戻ってから私はショーアさんを探し続けました。でもショーアさんが言った通り、見つけられず私が先に体験した世界を後からみんなも体験しました」

 やはり変えられなかった。それはボクも分かっていた。

「みんながこの世界を体験した後も、一緒になってショーアさんのこと調べたんです。もしかしたらショーアさんの自殺が不慮の事故にされて学校が隠匿してないかとも思いました。でもそれらしい事故も全く見当たりませんでした」

「そっか、そんなにボクのことを気がかりにしてくれてたんだね。ありがとう。でもあれは本当に自殺だったから」

 ボクはつい下を向いてしまった。

「いえ、違います。ショーアさんはこの時点ではまだ死んでいないんですよ」

 今度は広瀬君が言った。

「えっ?」

「自殺は図ったかもしれないけど、まだ生きている。だからこの世界から出れば、ショーアさんは生き返るんです」

 みんなが力強い目でボクを見つめている。

「ショーアさん、生きて下さい。必ず元の世界に戻れます」

「戻ってきて下さい。戻らないとダメなんです」

「ショーアさん。自分を信じて。未来を信じて」

 みんなが次々にボクに励ましの声をかけてくる。ボクは戸惑い、声を失っていた。

 そのうちみんなの目から涙が溢れ出した。

「もしかして、生きているボクに会ったのかい?」

 みんなは一斉に「はい」と返事した。

「そんな、ボクはまだ死んでない……」

 信じられなかったけど、彼らがここに現れてそれを伝えに来てくれた。これが意味することは、ボクは本当に生きている。

 みんなが僕に近づき、そして七人が一斉にボクにしがみついた。なんだか急に心が軽くなっていく。まるで体が浮かんでいるようだ。これはみんなが消えたときのようにボクも透明になっているのではないだろうか。

 消えかける直前、彼らはボクを呼んだ。

「先生」と。

「先生?」

「どうか、過去の僕たちをよろしくお願いします」

 それが聞こえたのを最後に、ボクは気が遠のいた。

 次に気がついたときは、真っ白い天井があり、僕は何かの装置と繋がっていた。その側で姉が僕の手を握ってうつぶせになっていた。

 ボクの姉はカリフォルニアに留学していたはずだった。その姉が戻ってきていた。

「お姉ちゃん」

 ボクが声をかけると姉は目覚めた。

「必ず目覚めると思っていたよ。尚和(しょうわ)の悪い夢全部これがキャッチしたから」

 その時、姉はアメリカから持ち帰ったドリームキャッチャーを手にしていた。

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