幽霊と見たあの日の夢は終わらない

エピローグ


広瀬歩夢

 おしょうが亡くなったという知らせを受け、僕は信じられない思いでお葬式に駆けつけた。僕がかけつけると、大志、コーセー、和泉、ミーシャ、比呂美がすでに来ていた。少し遅れてから佐野もやってきて、僕は少しだけ気まずくなる。

「広瀬君、久しぶりだね」

 だけど佐野はあっけらかんとしていた。

 僕は佐野と長いこと付き合ったけど、結婚を待ちきれなかった彼女は僕を振り、留学先で見つけたアメリカ人と結婚してしまった。

 今は日本で暮らしているらしいが、またそのうち渡米して永住するそうだ。おどおどして気弱だった佐野だったのに、今でははきはきとして活発に見えた。そして三十過ぎても若々しくとても綺麗だった。

 佐野と別れて後悔はしたけども、はっきりとしなかった僕が悪いのは承知だ。一級建築士になるまでは結婚しないと勝手に目標を 立てていたから、中々試験に受からなくて結婚に踏み切れなかった。今もまだ二級のままで受かっていないから情けない。でもここまで夢を持てるようになった のはよかったと思うことにしている。

 久しぶりにみんなに会えば、中学の時の面影が残って大人になったのが窺える。

 おしょうのお葬式にはたくさんの人が葬儀会場に集まった。おしょうにお世話になった元生徒たちなのだろう。誰もがおしょうとの別れを惜しんだ。

 僕たちが年を取れば、当然おしょうも年をもっと取るわけで、そこに癌を患ったことがおしょうの寿命を縮めてしまった。

 喪主は奥さんが勤めていた。まだ初老になったばかりの年だろう。悲しみでやつれてはいるけど、綺麗な奥さんだ。

 香典を受付で渡した時だった。受付の人が僕の名前を見て声を掛けて来た。

「葬儀が終わった後、お手数ですが奥様がお話したいそうで、少しお時間いただけますか」

「はい、いいですけど」

 一体何を僕に話したいのだろうか。

 でも話をしたいのは僕だけじゃなく、大志、コーセー、和泉、ミーシャ、比呂美、そして佐野も同じように伝言を受けていた。

 葬儀は無宗教で行われ、型に捉われない自由な雰囲気がした。もちろん悲しみで包まれ誰もが泣いていた。

 別れ花で棺に花を入れるとき、おしょうが笑っているように見えたのは気のせいだろうか。それはとても安らかな顔に思えた。

 出棺のとき、奥さんが棺に向かって何かを呟いた。それが「ショーア」と聞こえ、僕には懐かしい響きとして脳裏に蘇る。

 ショーア? えっ、今、ショーアって言った?

 僕は半信半疑だった。


 おしょうの棺が火葬場に向かい、僕たちは暫くの間、会場のロビーの待合室で奥さんが戻ってくるのを待っていた。

「あのさ、ショーアって、結局僕たちは探しきれなかったよね」

「どうしたの広瀬君、懐かしい話をして」

 和泉が言った。

 僕たちは中学を卒業するまではショーアについて手がかりがないか探していた。

 ドリームキャッチャーは知らずに教室から消えて、その後も何も分からずじまいだ。

 高校にあがればばらばらになって、次第に悪夢の事を忘れていった。

「ショーア……って、幽霊だったんだよね。私たちが悪夢から戻って、理夢がそう説明したよね。そういえばさ、おしょうってショウワって名前だったんだね。私、ずっとナオカズって読んでたんだけど、なんかショーアって名前に似てない?」

 ミーシャが言った。

「言われてみれば、そうだよね」

 コーセーも頷く。

「ちょっと、まさか、ショーアがショウワってことないよね」

 和泉が冗談でもいうように軽いノリで言った。

「えー、まさか」

 誰もがおしょうとショーアを結び付けられず、偶然ということに落ち着きそうだった。

 そうしているうちに、おしょうの奥さんが大きな箱を抱えて僕たちの前に現れた。

「みなさん、夫のために来て下さって本当にありがとうございました。お忙しいのにお引止めしてすみません」

 僕たちは「いえいえ」と恐縮していた。

「夫も皆さんには是非来ていただきたくて、生前に必ず呼ぶんだぞと念を押していたくらいです。どうしても葬儀の後に渡したいものがあるとかで、これを皆さんにと預かっておりました」

 奥さんは箱をローテーブルの上に置いた。

「皆さんが全員揃うまで開けるなといわれていて、私も何が入っているのかわからないんです」

「今開けてもいいですか?」

 和泉が代表して確認を取り、ガムテープを外し開封した。

 僕たちは中を覗き込む。そしてそこにドリームキャッチャがーあった事に皆息を飲んだ。

「えっ、どうして」

「なんで」

「嘘!」

 次々に思い思いの言葉が出ていた。

「ちょっと、これってあれじゃない」

 和泉が箱の中に手をいれ何かを掴んだ。それは能面だった。

「あっ、それ、私を追い詰めた奴が被っていたものじゃん」

 ミーシャがそれを奪い取る。

「おい、これ石仮面じゃないか」

 大志が興奮する。

「えっ、この赤い戦隊のお面、今やってる新しいシリーズのじゃん」

 コーセーが驚く。

「やだ、ハゲのカツラもある」

 これは和泉だ。

「あっ、ピンクの頭巾」

 そして佐野だ。

 僕はスクリームのお面を見つけた。

 他にも黒い布や白衣、その他の小物が入っている。みんな考えていることは同じだった。

「ちょっとみんな、周りを見て。私たち以外誰も動いてない」

 比呂美が言った。

 辺りを見回せば、人がたくさんいるのに動きがストップしたままだ。おしょうの奥さんも静止していた。

「こういうこと、昔、あったよな」

 大志がにやりとする。

「ということは、これを持ってオレ達はまた悪夢へ行くのか?」

 コーセーは赤のお面を手にして震えている。

「じゃあ、あの恐れていた大人たちって、私たちだったの?」

 和泉がハゲのカツラを被った。

 それを見て、みんなが「ああー」と感嘆した。

 これをおしょうが用意してここにあるということは、おしょうも同じようにあの悪夢にいたことになる。僕たちはやっと気がついた。

「やっぱり、ショーアはおしょうだ」

 僕が叫んだ。

 なんだかずっとおしょうに騙されていたようで悔しいのに、それがとっても嬉しいことのようにも思える。

「みんな、わかってるな。俺たちがこれからどうすべきか」

 大志は背筋を伸ばしてきりっとした。

 僕たちはお面や服を手にして見つめた。それを見た時、悪夢で体験したことがはっきりと思い出された。

 あの時の悩んでた自分たち。でも一生懸命だった。辛かったことも過ぎてしまえば懐かしいと思えてしまう。

 年を取った今、過去の自分を認めてやりたくなる。僕たちが少年少女だったもう戻る事ができないあの日々。もう一度あの時の自分に会えるなんてなんてすごいことなんだろう。

 そしておしょう、いや、ショーアに会える事が嬉しい。

「どうやってあの悪夢に入ればいいんだろう」

 僕は訊いた。

「そんなのこのドリームキャッチャーが勝手にそうしてくれるのよ。私たちはただ準備をしてその時を待っていればいいだけ」

 和泉はカツラの調子を整えて笑っていた。

 そして僕たちは色んな思いを抱いて、それぞれの仮面を被った。準備が整いお互いを見つめあった。そして体が透明になっていき、僕たちはあの懐かしい悪夢へと舞い戻って行った――。



 了

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