第一章


 飲み物を目の前にして女性陣、男性陣と一列になってお互いテーブルを挟んで向かい合っている。
 片一方の端は控えめに夏生と豪が夫婦で向かい合い、もう片一方はケムヨと将之が向かい合っていた。
 その間に残りのものが挟まれ、真理絵と医者の義和、留美とコンピューター会社の社長の貴史が向かい合って座っていた。
 豪が改めて自分の連れてきた男達を職業、年齢と共に紹介する。まずは澤田義和からだった。
 豪と同じ医者だと説明し、年は30と続き、そして簡単に本人からの自己紹介が始まる。
 将之はその時女性たちの表情を見てやろうと注意深く観察していた。
 真理絵はショートヘアーということもありサバサバとしたさっぱりした雰囲気があった。自分という個性を良く知っているのか、地をそのまま出したように自分を着飾っているようには見えなかった。
 義和の職業を聞いても表情を変えない。それはただのポーカーフェイスなのかもしれないと疑いながらも、時折すかっと笑うその笑顔が男っぽく見えて同志を見るような気持ちになっていた。それが男前にみえ悪くないと思う。
(まずは合格か)
 用意していたチェック用紙に印をつけるように将之は心の中で呟く。
 次に留美を観察する。
 一生懸命気を遣うように人の話を聞いている。
 髪を柔らかな茶色に染めてセミロングでふわっとしている。この中で一番若く見え、その立場をよく理解していると言わんばかりに控えめな感じで周りから一歩引いたような印象だった。
 失礼な態度を取ってはいけないと努力しているのがよく見えた。
 自分のことよりも人の立場を気にしている様子は好感がもてた。
 ほっこりと笑うその笑顔は素朴なかわいらしさも漂う。
(おっとり系ってとこだな。こういう女は鈍感な奴が多いがまあまあこれも合格ってところか)
 将之のチェックは続く。
 そして最後はケムヨ。
 俯き加減でその場に参加しなさそうな根暗なタイプだと思ったが、人の話はしっかりと見つめて聞いている。しかもその目は虎視眈眈とはっとするものがあった。
(まるで今の俺のように中身を見ようと観察している目じゃないか)
 人を知ろうと注意深く探るような目。それは仕事で先を見ようとするビジネスマンのような風貌に見えた。
 只者ではなさそうな意外な表情を見たとばかりに将之は思わず唾を飲み込んだ。
 将之はこの目に見覚えがあったのだ。過去にこれと同じように野心と向上心を抱かせた力強い目を思い出していた。
 将之が観察している間に隣の貴史の紹介もすでに終わり、豪は将之のことを紹介しようとしていた。
 貴史から噂は聞いていたが豪も将之とは初対面だったのでどう説明していいか迷っている。
 そこで連れてきた貴史が代役を担った。
「こいつ、俺が無理やり今日引っ張ってきました。篠沢将之、26歳。将来有望なビジネスマンなんです。見かけ通りのクールなやつです。ほら後は自分で自己紹介しろ」
 貴史は肘で将之をつついた。
 ケムヨに気をとられて我を忘れていた将之ははっとしたように体をビクッとさせたが、その後はすぐに冷静さを取り戻して、落ち着いて話し出した。
「親の会社を手伝ってるだけのビジネスマンですが宜しくお願いします」
 その時ケムヨの目が一層鋭くなったような気がした。
 次は女性陣の自己紹介となった。
 主催者で結婚もしている夏生は簡単に済ませ、来てくれた感謝の意を表した。そしてその後は順々に友達を紹介し始めた。
 真理絵は将之が抱いた印象通りにハキハキと自分のことを簡素に紹介している。自分の年も28歳と恥ずかしいこともなく知らせる。
 はっきりという歯切れのいい声が気持ちいいのか全ての男性陣の印象もいい感じだった。
 留美ははにかみながらも笑顔でしっかりと言葉を選んで丁寧に挨拶している。おっとりとはしているが、その中に聡明さが垣間見られ、ほんわかした雰囲気は癒される感じで彼女も印象良く見られていた。
 そしてケムヨ。
「ナサ ケムヨです。私のことは気にせず皆さん楽しくやって下さい。以上」
 ケムヨの言い切った言葉に一同何も言えず暫く静かになっていた。
「あの、ケムヨさんって、変わった人…… いえ、変わったお名前ですね」
 恐々と貴史が一番最初に突っ込んだ。
 貴史はケムヨが男性に興味を示さない変わった女だと認識し、これから賭けの対象となる将之が口説く女だと知らせるようにちらりと横目で将之の様子を伺った。
「はい。人物と共に名前も変わってます。『情け無用』と覚えて下さって結構です。その名前の通り私には情け無用で結構です」
「ケムヨちゃん」
 夏生はフォローしようとするが、場所が離れて充分にケアーできないように、どうしていいのかわからなかった。
「情け無用のケムヨか。面白いな。その名前気に入った」
 将之がやりがいのあるゲームだと満面の笑みをケムヨに向けて貴史と約束した勝負に挑む。
 将之の言葉に、隣で貴史がこれは面白くなるぞと自分達の賭けの行方に期待してにやっとする。
 その様子をケムヨはしっかりと見ていた。
「あ、あの、ケムヨちゃんの名前は……」
 夏生が何か言おうとすると、ケムヨが厳しく遮った。
「夏生、余計なこと言わないで」
 夏生はケムヨの注意で大人しくする。
 益々場がしらけムードになってしまい、真理絵がその場をなごませようと、明るい光を投じるように音頭を取った。
「ちょっと、とにかくまずは飲みましょうよ。さあ、乾杯しましょう」
 皆、目の前のグラスを手にして高々と上げ、それに釣られて回りも同じようにしてその辺の人たちと軽くグラスを合わせた。
「ケムヨさんもほら」
 将之がにこやかな笑顔を添えてビールが入ったジョッキをケムヨに向ける。
 ケムヨは将之をじーっと見てニヤリと笑うとジョッキを持ち上げて将之に力強くぶつけた。
「ケムヨって呼び捨てで結構です。将之さん」
 それは将之に挑戦するような態度にも見えた。
 何もかも見透かしたような目。根暗で消極的だったと思ったケムヨが積極的に攻撃してくる。
 二つの人格がそこに潜んでいるようだった。
「じゃあ、遠慮なくケムヨと呼ばせて頂こう。ついでに俺のことも将之でいいよ。俺の方が二歳年下だしね。でもそんなこと感じさせないように今日はお相手させてもらうよ。合コンだからね。今日は一杯飲んで楽しもう、ケ・ム・ヨ」
「受けて立ちましょう。マ・サ・ユ・キ」
 違った意味で二人が意気投合していた。
 その後は二人は一気にビールを飲み干した。
「お代わり」
 ジョッキを高く掲げ二人が同時に呟いた。
 一体何が起こったんだと、周りはあっけにとられていた。
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