第十一章
4
タケルのお薦めの店は以前チンピラに絡まれた場所だった。
チンピラは居なかったが、ケムヨがお店に現れると店長が喜んで歓迎した。
「先日は窮地を救って頂いてありがとうございました。また来て頂けるなんて光栄です」
ケムヨは遠慮がちに挨拶するが、側で見ていた翔は首を傾げていた。
「お前一体ここで何をしたんだ?」
「別に何も」とケムヨはとぼけてみるが、タケルが横でニヤニヤしている。
翔はまあいいと案内された場所へと腰を掛けた。
適当に飲み物を頼んだ後、翔は開口一番に聞いた。
「で、二人はどういう関係なんだ」
「どういう関係っていっても、普通に僕がお世話になってるだけです。姐御はかっこいいですし、学ぶことも一杯ですから、お近づきになれて喜んでる者です」
「なんだそれは?」
翔はタケルを観察していたが、ケムヨに惚れてる訳でも媚を売ってる訳でもなさそうだった。ケムヨが誰だか分かって、子分として慕っている様子が伺えた。
「勝元さんは姐御と以前からのお知り合いみたいですけど、仲がいいんですか?」
タケルとしてはケムヨの素性を知っているのか、それとなく探っていただけだった。
「元恋人同士だ」
そんな質問だったとはつゆ知らず翔は正直に答える。
「ちょっと、翔」
またここでもバカ正直に伝えてしまったことで、ケムヨはとうとう手が出て翔をこついていた。
「おい、今は俺の方が上司だぞ。何だその態度は」
「まあまあ、そうだったんですか。だけどなんで別れちゃったんです? もったいないな。ケムヨさんは最高の女性なのに」
「俺の浮気が原因だ」
「あちゃー。それはやばいです」
「俺もほんとバカだった。だから今復縁求めてるところ」
ケムヨが目の前にいるのも忘れ、意気投合したかのように男同士の会話を始めていた。
「ちょっと、あんた達、いい加減にしてよ。そんな話をするためにここに来たの? 翔もベラベラとしゃべらないでよ。それにタケルも根掘り葉掘り聞くもんじゃない」
タケルは素直に謝ったが、翔は胸の苦しさを分かって欲しくて何度でも訴えたかった。
目の前にお酒が運ばれたところで、三人はそれを手に取り好きに飲んだ。
次々と料理も並べられていく。
「それでタケル、何か話したかった事があったんじゃないの?」
ケムヨがさっさと進める為に舵を取る。
「そ、そうなんですよ。あのその、勝元さんの前で話しても大丈夫でしょうか」
「なんだ俺が居ると話し辛いか?」
「いや、その、巻き込んだらご迷惑かなと思って」
「その様子だと会社の話だな。大丈夫だ。俺は信用置ける。安心しろ」
それはケムヨも思っていた。翔なら上手く解決する糸口を見つけるかもしれない。
「あの、吉永課長なんですけど、人事部に電話を掛けて、悪い噂を流しているパートが居るなんて言ってたのを聞いたので、もしかしたら姐御に迷惑かかってるんじゃないかと思って」
「あっ、それって今朝ケムヨを責めていたあの男か?」
翔はすぐに感づいた。
「勝元さんもご存知でしたか。なんかうちの部署めちゃくちゃなんです」
タケルは一から何が起こったか全てを翔に説明した。
「パワハラな最低な課長だな。しかしケムヨも変なのに目をつけられてしまったな。だけど実際に不倫現場を見たからなんだろう」
不倫という言葉は自分の浮気に通じるだけにちょっと翔の耳には痛かった。
誤魔化すように手元のお酒を口にして息をついた。
「姐御、このままでは僕も腹が立ってしまって、あの人の下で働くの嫌です。なんとかなりませんか?」
訴えるようにタケルが言った。
「さっさと片をつけてしまったらどうだ? ケムヨの言葉なら須賀専務も耳を傾けてくれるだろう」
「ううん、このままでは悔しすぎて嫌。私復讐を考えてるの」
「姐御、やっぱりそう来ましたか。姐御なら吉永課長なんて一ひねりですよ。いやー、どんな手でやっつけるのか期待しちゃうな」
「おい、二宮! ケムヨを煽ってどうすんだ」
「だって、姐御ですから、ここは姐御流でやってもらいたいです。いつかのチンピラを撃退したみたいに」
「ちょっと、タケル!」
今度はケムヨが牽制する。
「なんだ? チンピラを撃退?」
「なんでもないの? 比喩みたいな言い回し」
ケムヨは焦って残りのカクテルを一気に飲み干す。
「すみません、お代わりお願いします〜」
誤魔化すのに必死だった。
翔はそれ以上は聞かずにただ笑っていた。