第十一章


 翌日、ケムヨは何事もなかったように朝を迎え、祖父の待つ場所へとゲンジに送ってもらった。
 貫禄のある厳つい男達と顔を合わせ、この日一日の祖父のスケジュールを教えてもらう。
 とにかくこの日も無難に仕事を終えるが、信用の置けそうなトップに少し耳打ちをした。
 ある者を懲らしめたいのでいつか手伝って欲しいと、理由をしっかりと伝えると、聞いたものは非常に驚いた顔をして、ケムヨの肩を持った。
「それは許せませんね。私も是非お手伝いさせて頂きます」
「まだ準備は整っていないので、それができ次第お願いします」
 味方がいるというのは心強い。だがこれはケムヨが刃を振りかざすように、自分の権力を使う究極の復讐だった。
 こんなことで力を見せ付けるのは卑怯かもしれないと葛藤するが、充分その卑怯な手を先に使われている。目には目を歯には歯を。ケムヨに迷いはなかった。
『野郎ども、殴り込みじゃ!』
 そんな気分を抱いてしまった。
 幸造にも一応話してあるが、器の違う構造はふっと冷めたように鼻で笑う。
「まあ、これからは笑美子に全てを任せるつもりだから、好きにやってみるがいい。正し違法な手だけは使うな。あくまでも穏便にな」
 よく考えればケムヨを印象付けるデビューになるかもしれない。幸造はいい機会だと、最後は大声で笑い出した。
 まるで腹黒い会話をしているようで、権力を持つと気持ちが大きくなり、それが怖くも思えてくる。
 気をつけなければならないのは、自分を見失わないこと。
 後ろからばっさりとこられないように隙も見せないこと。
 この世界で生きていくと覚悟したのなら自分の命をはってでもやらなければならない。
 ケムヨは腹を括った。
 祖父の跡を継ぐことを着々と準備していた。

 またパートの会社ではまだトラブルは解決されないまま、翔の下で余儀なく働く。
 仕事中は私情を挟んだことは気軽に話せないのか、翔もあれから別に何も言ってこない。
 ケムヨも抱きしめられたからと言って特に気にせずに、普段通りにただ働く。
 いつかはここからも抜け出せると思うと、この状態でも頑張る事ができた。
 ただ優香の事が気がかりで、助けを述べてあげたいが、優香が頑なに心を閉ざしたままだった。
 ケムヨは思い切って優香に声を掛けてみた。
「ねぇ優香さん、今日仕事が終わったら私と付き合ってくれないかな。ちょっとお話がしたいの」
 優香は少し躊躇したが「分かりました」と返事を返してきた。
 これで少しは突破口になったと、ケムヨはほっと一息漏らした。
 そして仕事が終わった後、ケムヨは優香と一緒に会社のビルの近くの喫茶店へと入る。
 以前タケルと多恵子と話し合った場所だった。
 落ち着くように奥のテーブルへと座った。
 優香は面倒臭そうな態度でどかっと腰を据えると足を組んで反り返った。
「で、なんの用ですか」
 ぶっきらぼうに初めから挑戦的な態度を取られると、ケムヨは苦笑いになるしかなかった。
「それじゃ単刀直入に言わせてもらう。正直に答えて欲しい。優香さんは重要書類を故意に捨てたり、注文書類を書き換えたことはない?」
 いきなりこんな犯人扱いの言い方も良くないと思ったが、回りくどく聞いても仕方がなかった。
「やっぱりケムヨさんは私が嫌がらせをやったと思ってるんだ。同じように派遣会社も疑って私に連絡してきたとこでした」
 イライラをぶつけるように優香は目の前のグラスを持ち上げぐっと水を飲んだ。そして再びまた口を開く。
「勝手にそう思えばいいじゃない。どうせ私ここを辞めるし」
「えっ、どういうこと?」
「なんだかバカらしくなって、自分から辞めるって決めたのよ」
「ちょっと、待ってよ。やってもないことにこのまま疑いをかけられたまま辞めていいの?」
「えっ?」
 今度は優香がびっくりした。
「私はね、優香さんを疑ってなんていない。犯人は他にいると思ってるの。そりゃ、優香さんはすぐに怒ったりしてちょっと扱い難いって思うけど、あなたは一生懸命仕事はする人よ。重要書類を破棄するような人じゃない。そんな疑われたままで辞めたら犯人の思う壺じゃない」
「ケムヨさんは、私が犯人じゃないって信じてくれるんですか?」
「ええ、もちろんよ。だって考えたらおかしいんですもの。私が仕事のミスをしたと嫌がらせを受けた次の日、あなたは私ににこやかに合コンを誘ってくれたでしょ。普通嫌いな人を誘える?」
「あっ、あの時のこと。あれは人数足りなかったし、自分もウキウキしていたし」
「そうよ、そこなのよ。ウキウキしてにこやかだったから誘われて違和感をもったの。犯人ならそんなこと絶対しない。陰険にひたすら睨んでるはずよ。翔が現 れた後を考えてみて。三人でランチを食べたあと、優香さんは私の事が気に入らなくなってそれからずっと態度悪くなったでしょ。笑顔すら見せてくれなかった」
「あっ、それはあの」
「そのことを責めてるわけじゃないの。優香さんは分かりやすいって言ってるの。嫌いになったらずっと持続するってこと。だから合コンに誘ってくれたときは 優香さんは私に対してはまだ本格的に嫌ってなかったってことになる。即ち、その以前に起こった出来事は優香さんはやってないって直感で思ったの」
 まるで名探偵のようにケムヨが推理すると、優香は目に一杯涙を溜めていた。
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