第十二章


「俺、今こんな調子だけど、ケムヨを救いたいって思いはあるから」
 マサキ君と呼ばれていた小さい頃からの約束でもあり、将之はそれだけは成し遂げたいとケムヨに訴える。
「絵を見せてもらったわ。とても素敵に描けていた。あの絵の中で王子様がお姫様を救っている気持ちがとてもよく現れている。それを見てたら私も救われたように思えた」
「違うんだ、俺は本当にケムヨが今抱えてる問題から救ってやりたいんだ。俺、ケムヨのおじいさんがどんなことしてるかもう知ってるんだ」
 ケムヨは驚く。
「気がついてたの?」
「ああ、ケムヨが笑美子だと分かったとき、子供の頃ケムヨのおじいさんに会ったことも思い出した。あの時一度画用紙に絵を描いて持って行ったことがあるんだ。その時ケムヨと堂々と一緒に遊ぶことを許してもらおうと子供心ながら勇者の気分だった」
 ケムヨは静かに聞いていた。
「ところが、家の前に来たとたん、ケムヨのおじいさんがいきなり目の前に現れた。とても鋭い心の中までも見るようなきつい目で俺を見下ろした。もうそれを 見たら怖くて怖くて、この人が魔法使いなんだって、そして呪いの魔法をかけられてしまうんだって悪い方にしか考えられなくて、逃げ出してしまったんだ」
 恥ずかしかったのか将之は力なく笑う。
「仕方ないわ。まだ子供だったんだし、私でも自分の祖父ながら子供の頃は怖かったもん。今でもやっぱり怖いけどね」
「今ならなぜあんなに怖いのか理解できるよ。やはりあれぐらいの威厳がなければ務まらないんだろ、その、お仕事が」
 最後の方が非常に言い難い。
「そうね。おじいちゃんは本当にトップを君臨する存在。沢山の部下を引き連れ、常に命令を下す。逆らうものや不利益になるものには容赦もしなかった。コネ や人脈も持ち、恩を売れば、必ず返してもらう。仁義とか礼儀には煩かった。だから今までやって来れたんだと思う。そして次は私が後を継ぐことが決まってるの」
 将之は息を飲む。
「なあ、今度ケムヨのおじいさんに会わせてもらえないだろうか」
「もうバレちゃってるから、隠す必要もないし、いいけど。会って何を話すの?」
「それはケムヨとのこれからの事も含めて、その、なんだ、自分の存在を認めてもらって、真剣な付き合いだと理解してもらいたいんだ。あの小さいときに果たせなかったリベンジだ」
「うん、まあ、将之を紹介するくらいなら問題ないけど、でもあの人、初対面の人にも歯に衣着せぬ言い方するし、礼儀にもとってもうるさいから、何を言われても覚悟してね」
 ケムヨはそれならと祖父に会わせる約束をした。
「もちろん。礼儀作法をしっかりと勉強するよ」
 極道の親分であろうが絶対怯まないと将之は覚悟して、ぐっと腹に力を入れて答えた。

 どんよりとした曇り空だったが、前夜降り続けた雨は止んでいた。
 将之も落ち着きを取り戻し、気持ちも安定していた。
 部屋の隅に置いていたプリンセスのために用意したものを見ると時折辛くなり、暫くは寂しさと悲しさが不意に襲ってくるのは仕方ないことだと受け入れる。
 時が経てば悲しみが癒えると信じ、天国の自分の家族と一緒に暮らしていると想像することにした。
 その日はケムヨと修二が側に居て、色々と将之の面倒を見たお陰で、将之は徐々に普段通りに回復していった。
 夕方、修二がケムヨを送っていってまた家の中が静かに空虚となったが、絵の作業を続けることで気を紛らわす。
 一心不乱に集中して、将之はその日やっと絵を仕上げた。
「今度は俺がケムヨを救い出す番だ」
 自分が描いたお姫様を見て将之は闘志を燃やしていた。
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