第二章


 昼休み、留美がキョロキョロしながら辺りを見回し、ケムヨを見つけると小走りになって一緒に食事したいと誘いに来た。
 ケムヨは近寄ってきた理由が分かるだけに苦笑いするが、おっとりとした留美の笑顔に流されて断ることも出来ずに一緒に社員食堂に向かった。
 社員食堂ではモールの中にあるフードコートのように種類多くの食べ物が目に付く。親しみやすい明るい内装で清潔感があり、数多くの社員達がここで昼食を取っている。
 色々なおかずを見ながら、留美は何を食べるか迷っていた。
「ケムヨさん、今日は何食べます?」
「適当にその辺のもの」
「ケムヨさんって、会社では協調性がないというのか、大人しくなるというのか、金曜日の合コンの時と全然雰囲気が違いますね」
「あの時はお酒が入ってたから」
 少しいい訳するように声が尻すぼみになる。
「そっか、やっぱりお酒の力なのか」
 そういうと同時に留美は食べるものが決まって列に並びだした。
 留美は深く考えてなかったので、ケムヨはとりあえずはほっとする。
 会社内では極力地味をモットーに暗い女を演じているため、留美の質問はケムヨには正直ドキッとさせられた。

 二人はそれぞれトレイに食べたいものを乗せお金を清算すると席に着いた。
 周りは社員達が今日のメニューについて話している。
「もう少しあっさりしたものが食べたい」
「おいしいちょっとしたデザートも欲しいよね」
 それを聞きながらケムヨも、目の前の油物のおかずを見て同じように思ってしまった。
「ケムヨさん、それであれからどうなったんですか」
 留美は箸でご飯をつまんで口に入れる。
 あどけない目をしながらも、その中に好奇心が湧き出ている。
「別に、どうもしない。真っ直ぐ家に帰った」
「だけど、将之さんケムヨさんを追いかけていきましたけど、会わなかったんですか?」
「会わなかった……」
 面倒臭いので嘘をついてしまった。
 将之が追いかけてきて会ったことは会ったが、あの時のエピソードなど人に言えたものじゃない。
 そしてその後、タクシーで無事に家まで帰れたが、あの時将之が運転手に先にお金を渡していた。
 降りるときお金を払おうとしたが、運転手が「もう頂いてますんで」と言ったのだった。
 あんな小細工して、それで自分の気を引こうとまだ思っていたのが癪でたまらない。
 次会ったら「小癪な真似をしやがって」と空手チョップでもお見舞いしたいくらい急に箸を握る手が震えた。
 頬が強張って引き攣っていると留美に不思議な目で見られていたので、ケムヨは話題を変えようと話しかけた。
「それで、あの後皆で二次会のカラオケいったんでしょ。あなたたちこそどうなったの?」
「あっ、すごく楽しかったですよ。夏生先輩と旦那さんがデュエットして見せ付けられました。ほんとにお似合いで」
「夏生たちのことはいいけど、留美ちゃんと真理絵さんはどうしたのよ」
「えっ、ああ、ええと、普通に皆と喋ってただけですけど。でも義和さんと真理絵さんは結構意気投合してたかな。上手くいくといいですよね」
 留美はどこまでもおっとりしていた。
「留美ちゃんは貴史っていう人とは発展なさそう?」
「はい。私そういうつもりなかったので、全然意識してませんでした」
 あっさりと返されて、ケムヨは箸を持ってた手が止まった。
 留美はマイペースで一緒にいて安心感がある。だけど損をしそうなタイプに思えてケムヨは少しお節介になっていた。
「でも、相手は会社の社長さんだよ。なんとも思わないの?」
「うーん、それはそれですごい人だとは思うんですけど、私の好みじゃなかったです」
「ああ、そうなの」
 留美は少なくとも優香のような子ではないとケムヨは微笑んだ。
 そんなことを思ったものだから、噂をすればなんとやらで優香が現れた。
「ちょっと留美、私を置いて先に来るなんて酷い。なんでケムヨさんと食べてるのよ」 
「私が誰と食事しようといいでしょ。優香、少しは立場をわきまえなよ。私だって離れたくなっちゃう」
「留美はいつから私に命令するようになったのよ。あっ、もしかしたら合コンで上手く行ったから上から目線じゃないの?」
 これには他人事ながらケムヨは苛ついた。つい留美を庇った。
「優香さん、いい加減にした方がいいわよ。そんな態度じゃ本当に誰も寄って来なくなっちゃう。それに留美ちゃんは優香さんみたいにガツガツした人じゃない」
「ちょっと、私みたいにガツガツした人って何よ。あなたのような週三日くらいしか来ないパートに言われたくないわ。いい仕事にも就いてないでお説教できるような立場なの?」
「優香、もうやめてよ。ケムヨさんもどうか私のこと気にしないで下さい。慣れてますから」
 ケムヨはそれ以上何も言わなかった。
 黙りこんで黙々とご飯を食べだす。
「ほうら、みなさい。結局は自分の立場わきまえたようね。黙り込むんだったら、謝って欲しいくらいだわ」
 ケムヨは食事を途中でやめ、立ち上がると優香に頭を下げた。
「失礼なことを言って申し訳ございませんでした」
 「ふん」と優香は踏ん張りかえっている横で、留美はおろおろしていた。
 その間にケムヨはトレイをもって潔くその場を去る。
 そしてかなり離れた場所のテーブルに座り、一人黙々と食事した。
 留美は優香と何か揉めていた様子だったが知ったこっちゃないと冷淡になっていた。
 その時誰かが近づいて声を掛けてきたのには驚いた。
「すみません、ここ座ってもいいですか?」
 ケムヨが顔を上げると、そこに爽やかな笑顔で優しく笑う男性が立っていた。
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