第二章
3
横長のテーブルがいくつも繋がり、場所が開いていれば誰もが好きに座れる。相席になったところで別に問題はない。
ケムヨはあっさりと「どうぞ」と返事した。
ケムヨから許可を貰い、その男性は向かい合わせに席についた。
目の前の男性が「頂きます」と手を合わせて食事を始める姿をケムヨはついぼけっと見てしまう。
目が合うと、申し訳なさそうにケムヨは視線を逸らした。
「あの、さっきのやりとり見てました。あの時謝ってましたけど、謝る必要なかったと思います」
「えっ?」
「あっ、すみません。変なこと言って。僕、この春入ったばかりの新人です。二宮タケルっていいます。えっと、あなたは……」
もじもじとしている。
「私はナサケムヨ」
面倒臭かったが、相手が先に名乗ったので礼儀として答えていた。
「えっ? 情け無用?」
「そう思ってくれて結構ですけど、苗字がナサ、名前がケムヨなんです」
「はぁ、そうなんですか」
タケルは何か言いたげにしながら、一応納得した表情をしていた。
「慣れてますので変に思ってくれていいですよ」
タケルはどう反応していいのか困惑して目をぱちくりしているが、最後はくったくのない笑顔を見せていた。
その笑顔はまだ学生らしい雰囲気が漂い初々しい。
あまりにもかわいいその笑顔にケムヨも釣られて一緒に笑った。
「笑顔が素敵な人なんですね」
タケルに言われて、ケムヨはびくっとした。慌てて下を向きご飯をかけ込む。
その後タケルは自分の好きな映画や音楽の話題を振ってきた。ケムヨは適当に相槌を打っていたが、人懐こい犬みたいでそれを相手するように決して嫌ではなかった。
社会人になって間もないタケルは擦れた部分がなく、素直でみずみずしい。
この先どんな風にこの会社で育っていくのだろう。
ある人物に重ねてタケルがこの先変に変わっていかないか、その行く末をつい心配してしまった。
先に食べ終わったケムヨは席を立つ。
「それじゃ私はお先に。これからもお仕事頑張って下さいね。お会いできて光栄でした」
「あっ、ケムヨさん。また会えますか?」
「そうね、同じ会社で働いているんだし、多分ね」
名残惜しそうにしているタケルに軽く礼をしてケムヨは去ろうとするが、タケルは何か言おうかと喉まで声が出かかりながらまた次があるとあっさりと諦めて同じように頭を下げていた。
ケムヨが去った後で「情け無用か…… なるほど」とタケルはくすっと笑っていた。
食べたトレイを「ごちそうさまでした」とケムヨが返却口に返せば、隣に朝見た専務も同じように返しに来ていたことに気がついた。
ケムヨは咄嗟に頭を下げた。
専務の前では緊張感が走る。
当たり障りのないように静かに去ろうとすると声を掛けられた。
「ここの料理は美味しいかね」
「えっ、あっ、はいそれなりに美味しいかと。でももう少しメニューにメリハリがあればいいと思います」
「例えばどんな感じだね」
「はい、特にヘルシーなもの。ダイエットしている女性も居ることですし、またメタボと悩む男性も増えてます。少しあっさりしながらも満腹感を得やすいカロ
リー控えめなものがあると嬉しいです。そして気軽にちょこっと食べられるデザートもあれば、甘いものがストレスを紛らわして気分もよくなりそうな感じがし
ます」
「うん、なかなかいいアイデアだ」
「いえ、滅相もありません。それでは失礼しま……」
ケムヨがいいかけたとき、専務がさらりと言葉を残した。
「勝元翔が海外勤務から今度本店に戻ってくることが決まった」
「えっ?」
ケムヨが聞きなおす暇もなく、専務はその場を去っていった。その後姿を呆然と見つめ、どんどん血の気が引いていく。
「翔が戻ってくる……」
その名前を小さく呟いたとき、心にどしんと重たいものがのしかかったように思えた。