第三章
10
「少しは発展があったか……」
夜空を見上げながら将之はごちゃごちゃと住宅やビルに囲まれた街を歩いていた。
本当はもう少し強引になってケムヨと時間を過ごしたかったが、猫と同じようなもので無理強いをすればただ逃げるだけだとプリンセスに教えられたつもりでいた。
プリンセスが現れて自分の差し出す煮干に興味を持ったように、事故だったけれど偶然にケムヨを抱きしめたことで少し興味を持ってくれたのではと期待していた。
まだまだ事は始まったばかりだが、合コンで会ってから興味を惹かれたのをきっかけにここまで執着する自分がおかしくなってしまう。
夜という、一日で一番嫌いな時間だというのに、星を見つめていると自然と笑みが綻ぶように現れる。
「ケムヨはなんだか夜の星のイメージだ」
明るい昼間は目立たず、暗いところでひっそりと輝く。
しかし、その輝きは自ら放つ真の輝きであり、月のように太陽の光を頼らずしっかりと輝いている。
だけど少し意地になりすぎて、後ろめたくその輝きを人に見せないようにしている雰囲気を持つ。
まだ出会ったばかりで何も知らないが、少しずつケムヨを知りたいと思う気持ちが会う度に好奇心を掻き立てられる。
自分に振り向かない女。
だからこそ振り向かせてみたい。
それこそ自分にふさわしいんだと将之は本能のまま恋の駆け引きを試みてしまう。
どこかゲームっぽい気もするが、しっかりと好かれたい欲望を抱いている。
どこかで心の寂しさを埋めたいと将之は街の光で見えにくくなった星を食い入るように見つめていた。
将之が去ってしまった後、ケムヨは家に入る前にもう一度辺りを見回してプリンセスを探してみる。
たまに見かけていたが、将之が餌付けをしていることをきっかけに急に気になってしまった。
三毛猫独特の白色をベースに茶と黒の色が混じりあい、決してきれいな猫ではないが交じり合った色の模様は愛嬌がある。
そんな猫に恐れ多くもプリンセスと名づける将之のセンスがなんか可愛くて微笑ましく思えてきた。
「あいつ結構ロマンチストなのか」
ケムヨなら安易に『ミケ』や『ノラ』と名づけてしまいそうなだけに将之の感覚に脱帽だった。
暗いケムヨにも執拗にアタックをかけてくるような男でもある。
どこかマニアックのような、普通の人と違う部分をケムヨも感じていた。
女性受けするような整った精悍な顔だちで地位や力を持ってそうなのに。
そして不覚にも将之に抱きついてしまったことが、この時になって恥じらいをもってしまう。
あの時、忘れていた感情が芽生えて正直心が安らいでいた。
ケムヨは決して口に出すことはないが、嘘をついても仕方がないとその部分は素直に認めざるを得なかった。
それよりも、自分のことを親のすねかじりと言われ、そして対抗するように将之のことも親の会社をただ継いだだけのように言ってしまったことが気がかりだった。
二人ともそのことには触れなかったが、どちらも忘れたいとばかりに無理をしてあの時無理やり排除していた。
お互い共通するような問題点を抱えている。
ケムヨはそんな気がしてならなかった。
家のドアを開ける前にケムヨはもう一度暗い闇を振り返り、そしてふと空の星を何気なく見つめた。
星だけが傍観するように全てを知った上で見つめている。
「いいご身分だ事」
そんな言葉が自然と出ると、将之と抱き合っていたこともしっかりと見られていたんだとふと笑えて来る。
そんな風に受け止められることで、落ち着いて将之のことを少し考えられるようになって来たかもしれない。
『少し距離が近づいたんじゃないですか』
家の中に入る直前に星にそんな風に言われたような気になった。
それともただの自分の本音というところか。
ケムヨはまだこの時は軽く考えていられた。
その頃、プリンセスは将之から貰った煮干を、夜空の下で誰にも邪魔されないような入り組んだ路地で隠れながらむさぼっていた。
久々に味わう魚だったのか、噛むとき『ウニャ、ニャー』などと声が漏れている。
食べ終わった後は、丁寧に何度も手を舐めて、顔を洗う。
最後は上手かったと言わんばかりに口の周りを長い舌でプロペラを回すように舐めながら夜空をぼんやりと眺めていた。
そしてまたむくっと立ち上がって寝床を探しに去っていってしまった。
夜空の星は全てを上から静かに見つめていた。
この先何が起こってもただ感情を込めずに冷たく輝くだけだった。