第五章
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再び車に乗り込み、将之はまた神経質な雰囲気を醸し出して車を走らせる。
それが将之の運転する癖としてケムヨは受け流していたが、どこに行くのかさっぱり分からない。
窓から移り変わる景色を静かに眺めるうちに、自分もこのままでいいのだろうかと段々落ち着かなくなってきた。
小さな密室のような空間で特別な会話もなく、黙ったまま暫く車は走り続けると息が詰まってくるようだった。
ケムヨがチラリと将之を見れば、やはり先ほどと変わらず真面目腐った顔をして車を運転している。
車を運転しているときの将之は少し近寄りがたかった。
しかし、あまりにも黙ったままの将之の態度に嫌気が差してケムヨは聞いてみた。
「ねぇ、どこへ行くの?」
「俺、どうしても行きたいところがあるんだ。一人では行きにくかったし、一緒に行きたいなんて思う奴もいなかったから、今日は俺に付き合って欲しいんだ」
「だからどこなのよ」
将之はその先は何も言わず口元を少し上げて照れたように微笑んでいる。
何かの演出で焦らしているのか、恥ずかしくて目的地に到着するまで言い難いのか、その場所に着いたときは後者だということがわかった。
「プラネタリウム……」
ケムヨが建物の入り口の前で看板の文字を声に出して読む。
まさかこんなところに連れてこられるとは思いもよらなかった。
どこへ連れて行かれても驚いてはいただろうが、将之が意外に星を見たいという気持ちがまたここでもかわいらしく思える。
将之はチケットを窓口でさっさと購入し、上映時間を気にしてケムヨに早くしろと呼びかけた。
ケムヨは慌てて小走りに近づき、将之の後ろを着いていく。
土曜日で家族連れやカップル達が多く、この中に一人で来るのはさすがに男だと寂しいものがあるだろうと妙に納得してしまう。
自分とここへ来たいと思って連れてきた場所。
ロマンチストなんだろうか? ケムヨは将之の後姿をじっと見ていた。
中に入ればひんやりとして、すでに神秘的な空気が漂っている。
大きな斜めになった巨大スクリーンを前に椅子もまたそれに沿って斜めに配置されていた。
階段になっているので将之が「気をつけろ」と注意を促す。
将之が椅子に腰を掛け、その隣にケムヨも座った。
「あのさ、どうしてここに来たかったの?」
「俺がここへ来るのがおかしいか?」
「そうじゃないけど、何か理由があるのかなって思ったから」
「理由か。そうだな。あるんだろうな理由」
まるで他人事のようにぼんやりとした目を正面に向けて喋っていた。
将之を徐々に知ったつもりでも、まだ心の奥までは覗き込めないでいる。
どこかで鍵を掛けたように、それ以上の進入を防いでいるような感じがした。
それなのに、将之はその中へ進んで欲しいと願っているようにも見える。
知られることを恐れながらも、それを知って欲しいという矛盾した部分が感じられるようだった。
ケムヨもそんな気持ちが分からないわけではなかった。
ナサケムヨという名前自体が偽りで、本当の自分を隠している。
だけど本当はそれをさらけ出して自由になりたい。でもその時確実に周りは違う目で見てしまう。
暫し現実から引き離して欲しいとケムヨもまだ上映が始まらないスクリーンをぼーっと見つめ、これから映し出されようとする星を想像する。
「将之は星が好きなの?」
「そうだな、好きの部類になるのかな。だけど夜は嫌いだ」
「なぜ、夜が嫌いなの?」
「暗いからさ」
「それだけの理由で夜が嫌いなの?」
「おかしいか?」
「おかしくはないけど、人それぞれってことだね。だけど夜が来なければ星は見えない」
「そうだな。星は暗くならないと見えないもんな。でも星が沢山夜空に見えたら暗闇も悪くないと思うかもしれない。俺はそれを確かめたいんだ」
「だからここに来たかったの?」
「まあな。そしてケムヨと来たいって強く思った。ケムヨは夜空の星のように輝いているから」
「えっ?」
聞き返そうとしたとき、上映を知らせるアナウンスが入り、そこで会話が途切れてしまった。
そのまま静かに二人は作られた夜空を見ていた。