第七章

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 手作りの飾りつけ、美味しい料理とお酒、そして将之の憎い演出、それらはこの夜を特別なものに変えていく。
 ケムヨも遠慮することなく、将之が用意した料理を食べては、それについての感想を素直に述べていた。
 将之もケムヨの言葉に耳を傾け、所々突込みを入れながら話を進める。
 なんらいつもと変わらない二人の時間だったが、将之は目の前で笑っているケムヨを見つめワインを口にして、深く考えを巡らしていた。
 ケムヨがどんな身分であれ、素敵な女性に変わりはない。
 家がアレでも、ケムヨは真っ当で真っ直ぐに生きている。それをしっかり自分が見つめていればいい。
「将之、どうしたの? 思いつめた顔をして」
「俺はケムヨの中身を見てたんだ。俺、気にしないから」
「えっ? 何が?」
「いや、だからその、俺はそのままのケムヨが好きだ」
「将之…… 相変わらず、合コンであったときと変わらない台詞を言ってくれるわね。もしかしてもう酔っちゃったの?」
「ああ、自分に酔ってるかもな」
 将之はグラスに残っていたワインを全て平らげた。
 ケムヨは口元が自然と上がり、微笑んでいた。
「そろそろ、星を見ようか」
 将之が立ち上がり、バルコニーに続く窓を開けた。
 高い位置にある部屋だけに、冷たい風が入り込んできた。
 ケムヨも立ち上がってバルコニーに向かった。
 用意されていた履物を履き、柵のすぐ側まで行って体を持たせかけた。
「なんだか空が霞むように明るいね」
 遠くに見える街の中心に建つビルの光がぼやっと夜空を薄くしていた。
「やっぱり天の川は見えないか」
 将之がポツリと言った。
「でもさ、想像したらすごいよね。この空の上に無数の星があって、そこはどこまでも広がる空間でさ、無限にそれが続いていると思うと、急に自分がここに居ることが怖くなってくる」
「怖くなってくる?」
「うん、なんか宇宙が押し寄せてきそうで、それを必死に持ち上げようとするんだけど、結局宇宙の大きさに負けて押しつぶされるような気分になるの」
「変わった事想像するんだな」
「うん、自分は現実でもそういう世界に居るからなのかもしれない。何かを背負って、それが重荷となってしまう。でも逃げられず、気を許せば簡単に潰されていく。それを恐れているからかもしれない」
 将之は黙って聞いていた。ケムヨが言いたいことは今となってはよく理解できる。
 そして空を見上げケムヨと同じように宇宙を想像してみた。
「宇宙って暗いところなんだろうな。そんなところで浮かんでいる星ってやっぱり孤独なんだろうか。だって、地球以外まだ生物は生存してないし、誰もいないんだぜ。そこに一人ぼっちだなんて、俺だったら気が狂いそうだ」
「将之も変わったこと想像してるじゃない」
「そうだな。俺もどこかで孤独を恐れているからなんだろう。一人になるのが怖いんだ」
「将之にも怖いものがあったんだ。だけど、意外だな。それだけしつこいし、常に何かを求めて一人でも好きなことやりそうなのに、一人になるのが怖いって信じられない」
「俺、本当は弱い人間なんだよ。それを悟られないように無理して踏ん張ってるだけさ。夜になるとどうしても闇が孤独を呼び寄せてくるんだ。でも星を見れば 少しは紛れるようになった。あの時ケムヨと一緒にプラネタリウム行ったお陰さ。星の輝きが好きになって、それは夜にしか見えないから、闇は必ずしも悪いこ とではないって思えるようになった」
 いつになく自分のことを話す将之。ケムヨと将之の距離が縮まっていく。
 二人は暫く黙って夜空を仰いでいた。
 都会で見る星は数が少なく、光も弱い。だけど、二人は見えない分も想像して心の目で眺めていた。
 ケムヨは宇宙の大きさを想像し、将之は暗闇にポツリと浮かぶ孤独の星を想像している。
「ほら、ケムヨ、手を貸せ」
「えっ?」
 将之がケムヨの手を握った。
「今俺たち宇宙を想像しているだろ。お互いの恐怖に押しつぶされないようにさ。二人一緒なら怖くないだろ。試してみようぜ」
 ケムヨは子供じみた将之の考えに笑ってみたが、それを拒むことはしなかった。
 二人は一緒に手を繋いで夜空を見上げてみた。
 再び宇宙を想像して、そこに迷い込んでいく。
 雄大な宇宙を相手にしても、お互いの手のぬくもりで一人じゃない勇気が確かに芽生えてくる。
 些細な気まぐれで繋いだ手はブラックホールも弾き飛ばすような力がそこにあったような気がした。
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