第八章 流星が降りそそぎそれに当たってしまった


 宇宙のとてつもない大きさと、闇の孤独を考えながら暫く二人は夜空を見つめていた。
 宇宙というものを相手にすると、心は共有し、手を繋ぐという感覚に違和感がなくなる。
 さらに共通の話題で楽しく盛り上がるようなあどけない童心が、空想の世界の中で目覚めていた。
 だからケムヨはその行為をこの時はそんなに真剣に受け止めていなかった。
 少し羽目を外す思いで、楽しませてくれようとする将之に合わせているだけだった。
 だが将之にとっては本心からの一時であり、遥かな思いを込めてケムヨの手を握っていた。
 高いところで星を見つめていると、ひんやりとした風が体の熱を奪っていく。
「この時期はまだ少し冷えるみたいだ。また風邪引かれちゃ困るから、中に入ろうか」
 将之は迷子にならず宇宙から帰還したようにそこでケムヨの手を離した。
 無事に宇宙探検から戻ってきたことを喜んでいるような、そんな笑顔をお互い交わしていた。
 部屋の中に入ると、将之から再びワインを勧められて、ケムヨはグラスを手にした。
 将之がケムヨのグラスにワインを注ぐ。
 それをケムヨが飲んでいるときに将之は言った。
「今夜は泊まっていけ」
 ケムヨは思わずブーとワインを将之の顔に噴出してしまった。
「おい、汚いじゃないか」
 将之は慌ててペーパータオルを取り顔を拭く。
「ごめん。あまりにもびっくりしたから。だけど泊まっていけってそんな無茶な」
「何が無茶だよ。酒を飲んだ俺がお前を家まで送る方が無茶だ。飲酒運転になってしまうだろうが。それに事故でも起こしたら取り返しがつかない」
「それが理由なの?」
「当たり前だ」
「私はてっきり……」
「てっきり? なんだよ」
 将之は意味ありげに微笑んだ。
 ケムヨは言葉に詰まってしまい飲み込む。
「なんでもない」
 そう言ってワインを慌てて飲んで誤魔化していた。
「別にいいぜ、ケムヨが望むなら俺喜んで一緒に寝ちゃう」
「分かってるなら、いちいち聞かないの。それにそれはありえない」
「そんなこと分かってるよ。無理に襲わないって。あくまでも俺は清き交際を目指す。そうじゃないと俺も怖い。あとでドスとか飛んできそうだし……」
 最後の部分は小さく尻すぼみになっていた。
「何言ってるの?」
「いや、こっちのこと」
「だけど、別に泊まらなくても、ゲンジさんに迎えに来てもらうから大丈夫。電話借りられる?」
「ああ」
 将之は固定電話の場所を指差すと、ケムヨはワイングラスをテーブルに置いて受話器を取って家に電話した。時々受話器を押さえながら、ここへ来る手順を将之に聞きながら伝えている。
 話がついたのか、電話を切ると、ケムヨは将之が座っていた長ソファーの隣に腰掛けた。
「迎えに来てもらえそうか?」
「うん。大丈夫だって。この辺りも来た事あるから迷わずに来れるって言ってた」
「ゲンジさんも大変そうだな」
「まあね、かなりお世話になってる」
 将之はゲンジのポジションも容易に想像できた。
 口の堅いお抱えタクシーの運転手なんだろうと考えていた。
「将之、今日はありがとうね。とても美味しかったし、楽しかった」
「俺もだ。今度はプリンセスも入れて一緒にどうだ?」
「そろそろ捕まえに来るつもり? かなり将之に慣れたもんね」
 そういいながらも自分もそうだと、ケムヨは思っていた。
「ああ、これから色々揃えるよ。準備が整い次第決行ってところかな」
「この部屋大きいし、住み心地良さそうだからプリンセスも喜ぶと思う」
「気に入ってくれるといいんだけどね」
「プリンセスを捕まえたら、もううちに通わなくてよくなるね」
「その口ぶりからすると、せいせいするとでも言いたいんだろ」
「ううん、なんか寂しくなる」
「えっ」
 将之はえらく素直に答えるケムヨに面食らった。
 ぐっと腹に力が入って胸がドキッと跳ね上がり、血液がドクドクと体中を駆け巡っていた。
「本当はさ、将之が家に来てくれたお陰で色々と助けられたんだ。将之と言い争ってるときはムキなったけど、お陰でその時抱えていた嫌なことが吹き飛んだし、それに落ち込みそうになるときも、将之の生意気な態度で引っ張りあげられたって感じだったんだ」
 少し俯き加減に恥ずかしそうに自分の気持ちを素直に伝えるケムヨが無性に愛しく思えてならない。
 普段と違う雰囲気がはっきりと見えるように目の前を流れて行く。
 抑えられない感情が許容量を超えそうに溢れる寸前だった。 
 ケムヨの言葉は意味を成して将之の心に届き、気持ちが自分に向いてきている実感を得た気分になっていった。
 将之の気持ちが高まってくる中、ケムヨは締めくくった。
「ほんと友達になってよかった」
 将之はここでがくっと崩れた。
「おい、友達かよ。俺たちもっとそれ以上の仲じゃないか」
「あら、相変わらず言ってくれるわね。でもね、なんかもう何があろうと驚かないくらいまで将之のその態度に慣れてきちゃった」
「ほんとに驚かないか」
 将之の感情は溢れんばかりに溜まったままの状態では、それをぶつけたくなってしまう。
「まあね」
 ケムヨは調子に乗って頷いていると、その言葉通りの意味を受け取っていきなり将之が顔を寄せて来た。
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