第九章


「よぉ、修ちゃん」
 修二の部屋のドアを開け、将之は声を掛けた。
「うん? なんだ将之か」
 いかにも眠たそうに答えている。
 腫れぼったいまぶたを必死に開けようと目をしょぼしょぼさせ、修二はベッドから起き上がった。
 無精髭と寝癖のついた髪が野暮ったく、将之も見てはいけない姿を見た気になった。
「突然起こしてごめん。実は修ちゃんに相談したい事があって」
「そっか。俺に相談ってなんか訳ありそうだな」
 修二は大きな欠伸をして、ボサボサと髪を引っ掻いた。
「実はさ……」
 将之は散らかった修二の部屋に入り、側にあった椅子に腰掛けた。
 修二の部屋はアニメのポスターやロボットのフィギュアで所狭しとごちゃごちゃと飾られている。それらを見つめながらケムヨの話をしだした。
 修二は黙って最後まで将之の話に耳を傾けた。
 一通りのことを聞いてやっと口を開く。
「ケムヨさんは俺達の世界では知る人ぞ知る人なんだけど」
「えっ? どういうこと」
「俺と同じ趣味を多少持っていて、同人誌とかもやってる」
「ええ!」
 この話は将之には初耳だった。
「だから名前を聞いたとき、なんでペンネームで自分を名乗ってるのだろうとは思っていたけど、そっかなんか訳ありの人だったんだな」
「なんで修ちゃん、すぐに教えてくれなかったんだよ」
「てっきり知ってるのかと思ってた。だからあの時イベントにつれてきたんだと思ってさ」
「あれは、ついでだったし、修ちゃんにも紹介を兼ねてたし……」
「偶然だったとしても、それだけケムヨさんにありのままの姿を見せたかったってことなんだろうな」
 思わず黙りこんでしまったが、修二に言われて改めて将之も不思議と同意できた。
「でも、そっかケムヨさんがそんな人だったとは…… ちょっとびっくりだな。でもこれからどうするんだ?」
「俺、やっぱり突き進みたいんだ。彼女に思いを届けたい。そこで修ちゃんの力が必要なんだ」
「俺の力?」
 将之は修二に何をして欲しいか伝えると、修二は固い友情を結ぶように力を入れて頷いた。
「分かった。できる限り力になろう。俺もたまには役に立つかもしれない」
「ありがとう、修ちゃん」
 将之に希望の光が見え、それが切り札となりそうに思える。
 暫くはそれについて修二と色々な意見を交わしていると次々にアイデアが浮かんで楽しい方向へと流れていった。
 その午後は用意のために修二と買い物に出かけることとなる。
 そして、思わぬところでケムヨとばったりと出くわしてしまったのだった。
「あっ、ケムヨ」
「えっ? 将之っ」
 狭いレーンでそれぞれ集中して棚にあったものを見ていたから、まさかそこに知ってる人がいるとも思わず、すれ違って体が触れ合い「すみません」と声を掛けて「ん?」となって気がついた。
 お互いの名前を動物のような鳴き声のように呼び合い、暫く目を見開いて驚いたままだった。
「あんたここで何してるのよ」
 ケムヨが話の主導権を握るかのように、責めた声のトーンで強く言い放つ。結構動揺していた。
「もちろん買い物に来てる。今は兄と一緒なんだ。そっちこそ何してんだよ」
 将之もいきなりの出会いに驚いてしまって、同じような調子で返してしまった。
「私も買い物に決まってるでしょ。新しいスケッチブック買いに来たの」
 二人は大きな画材店にいた。
 そこに夏生がやってくると、将之の存在にびっくりしながらもとりあえずは慌てて頭を下げて挨拶をする。
 将之もそれは丁寧に返していた。
 その時、修二もやってきて「将之これはどう思う?」とキャンパスボードを掲げていたが、目の前にケムヨが居た事で驚いて急に借りてきた猫のように大人しくなった。
 こちらもとりあえずは頭を下げて挨拶をする。
「修二さん、お久し振りです。ご趣味の材料探しですか?」
 ケムヨは修二には笑顔で相手をする。
「は、はい。そうです。出かけたついでに俺の買い物にちょっと将之に付き合ってもらって」
 お互い趣味を理解した立場なので、修二は少しはにかんで答えていた。
「将之さんのお兄さんなんですか?」
 夏生が口を挟んだ。
「はい、どうも初めまして」
 修二が挨拶すると、夏生も自分がケムヨの友達だと自己紹介をする。
 その時、夏生は何かを閃いたように顔をぱっと明るくした。
「折角ここで出会ったんだから、皆でお茶でもしませんか?」
「夏生!」
 突然の展開にケムヨはびっくりする。
「だって、こんなところで立ち話もなんでしょう。ね、いいでしょ。将之さん」
「ああ、はい」
 将之も思わぬ展開にこれまたチャンスかもしれないと承諾する。
 ケムヨは前日のこともあるので、あまり将之とは顔を会わせたくなかったが、避けてても仕方がないと渋々と了承した。
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