第二章


 その遠足の当日。
 結果は、厚い雲に覆われたどんよりとした曇り空だった。
 一瞬のぽつぽつとした水滴が空から落ちたと思ったら、雲の隙間から太陽が少しだけ覗いたりして、優介と紫絵里の予想をどちらも満たし、白黒つけられない怪しげな曇り空がずっと続き、曇りを選ばなかった二人はどちらも外れてしまった結果になった。
 賭けを含め、天気の事について紫絵里は優介と話し合いたかったが、バスの中までは隣の座席になれなかった。
 紫絵里は一番前の席で、隣に真理が座っている。
 優介は気の合う友達と後部座席一体を陣取り、和気藹々と騒いでいた。
 その近くには瑠依を率いるグループが居て、優介のグループと交わり楽しんでいる。
 瑠依は取り巻きに助けられ、通路を挟みながらもこの時、優介の隣に座っていた。
 優介は紫絵里の時とかわらない気さくさで、瑠依と時折話し、目的地に着くまでの間、遠足の浮きだった楽しさで乗りよく馬鹿騒ぎしていた。
 周りが騒げば、それにつられて便乗し、羽目をはずしてしまう。
 担任の鮎川華純も、遠足の時は寛容で、みんなの好きにさせていた。
 バスの前と後ろでは、その騒ぎにも差がでているが、前の席に行くほど静かで、ただ座っているか寝てるだけになっていた。
 紫絵里も言葉少なく、車窓の外を見ているが、後ろから聞こえてくる笑い声に交じって優介の声が耳に入ると、振り向きたそうに葛藤していた。
 ほんの数時間の辛抱だと自分で言い聞かせ、優介の近くにいる瑠依に、敵に塩を送る気持ちを決め込もうとしていた。
「変な天気だね」
 真理が何気に話した時、紫絵里はつい苛立って真理に八つ当たってしまった。
「天気なんてどうでもいいわ! 雨天であっても遠足は決行だったし」
 機嫌悪く吐き捨てた。
「そうね。でも、やっぱり晴れた方が、傘を持ってこないだけ楽だったかも」
 真理は気にせずに話し続ける。
「傘、持ってきたの?」
「えっ、紫絵里は持ってこなかったの?」
「だって、絶対に晴れると思ったんだもん。そうなるはずだったんだもん」
 あの石に願いをぶつけて、信じてやまなかったのだろう。
「怪しい雲行きだけど、傘の出番はまだないわ。このまま降らないのかも。降っても屋内で過ごせば、心配ないしね」
「梅雨だから、完全な晴れを望むのはやっぱり難しかったのかな。これが精一杯の結果なのかな」
「土砂降りにならないだけ、やっぱりよかったと思うよ」
「そうだよね。少しだけ晴れ間も覗いたし、やっぱりこれは晴れに近い天気なんだね」
 どこかで自分の願ったことが実現したと、紫絵里は思い込みたい様子だった。
 真理は、月の光の石の事を頭に描き、紫絵里からそれを取り返せないかと考えていた。
 それは矛盾している事だとわかっていながら、あの石が再び現れる意味にどこかで怯えてしまう。

 真理はマリアと何度も石のことについて話し合った。
 二人の間でも、どうすることはできないというのに、それはいつも同じ話題を行ったり来たりする。
 過去に同じことが繰り返され、今回も真理は同じ結末を迎える覚悟をしなければならない。
 また泣くことになっても、欲望を抱いた紫絵里があの石を持って願い続ける限り、それはある一定の方向へ進んでいく。
 マリアは覚悟を決めた真理を見ていて辛く、自分の気持ちと真理の気持ちを重ね合わせ、そして真理を愛おしく抱きしめる事しかできなかった。
「あなたが傍に居てくれて、私はとても心強いのよ。愛してるわ、真理」
「マリア、私もよ。あなたの幸せは私の幸せ」
「ありがとう、真理」
 支え合わなければ生きていけないほど、二人の絆は強かった。
 マリアは急に咳き込み、胸を抑え込む。
「マリア、無理しちゃだめ。暫く寝ていなくっちゃ」
 マリアをベッドに寝かしつけ、真理は心配な眼差しを向けた。
「そうね、大人しくしてるわ」
「ずっと寝ているのも辛いよね」
「いいのよ、私の代わりに真理が外を見てくれて、教えてくれるから。真理のお蔭で退屈しないわ。それにこの本もあるわ」
「もう何回その本を読んでるの?」
「わからない。でも何度読んでも飽きないの。天使と少女の恋物語。いつ読んでもドキドキしちゃう」
「でも、最後は悲しい結末だわ。だって、引き離されてしまうんだもの」
「そんな事ないわ。二人はいつまでも愛し合って、その愛は永遠に続いてるのよ。二人にとってそれは幸せな形なの」
「そうね、幸せの形は色々だものね。それは他人には理解されないものだとしても」
「でも、真理は理解してくれる……」
 悲哀に満ちたマリアの目が潤っていく。
「マリアが泣くことなんてないわ。あの石が現れるとマリアも情緒不安になるのね」
「私以上に、真理がそうなってるわ」
「でも安心して、必ず上手く事が運ぶから。マリアは何も心配することはないの。後は私に任せて。とにかく今は安静にしていて」
「わかったわ。真理も無理しないでね」
 マリアは、真理が三角関係で苦しんでいることを、示唆していた。
 真理は敢えて何も言わず、静かに頷き、そして笑顔を見せた。
 安心して目を閉じ、眠りにつこうとするマリアを見つめる傍らで、真理は枕元に置かれた本を一瞥した。
 その本にはタイトルがついていなかった。
inserted by FC2 system