第三章

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「紫絵里も頑固ね」
 ベッドから身を起こしていたマリアは、真理の報告を聞き終わると、くすっと笑いを漏らした。
「笑い話じゃないわ」
「でも、滑稽には変わりない。いじめを自ら仕掛けた首謀者が、今更怖気ついて謝れば、それを容赦なく一蹴りして益々意固地になる。ここでお互いの妥協を見つけていたら、丸く収まるのに、却ってこじれてしまったわ」
「柳井さんもなぜ急に怖気ついたのかしら」
「きっと、裏で色々な憶測が飛び交ったのよ」
「憶測?」
「そう、人の本心が見える場所で、人々の餌食になるように色々と好き放題に言われたのよ。そこでは自分の翻意と関係なく言葉が交わされ、攻撃は瑠依にも降りかかったのかも。瑠依はそこで人に悪口を言われる辛さがわかって反省したのね」
「だけど紫絵里は許さなかった」
「いじめた相手が強かったのね。そこに恋という気持ちがあるからかもしれないけど」
「これから二人はどうなるんだろう」
「大丈夫よ。きっといいように落ち着くわ」
 マリアは軽々しく言った事に、真理は違和感を抱いた。そんな簡単に事が運びそうにはどうしても見えなかった。
「そうだといいけど……」
「だから、真理が心配することじゃないの。今度は真理が自分の事を考える番よ。わかってるでしょ。優介だって、あなたの出方を見てるの。だから紫絵里とああやって仲良くしてるんじゃないの。全てあなたのために、我慢して紫絵里のいいようにされてるのよ」
「えっ」
「まだわからないの?」
 マリアの厳しい目つきが真理に突き刺さり、思わず目を逸らしてしまった。
「ほら、またそうやって逃げる」
「でも……」
「何が『でも』なの? 真理の悪い癖ね。物わかりが良過ぎて、優し過ぎて、控えめになってしまう。私とは正……反対……」
 少し興奮し、マリアは言い終わった時、軽く咳き込んでしまった。
「大丈夫、マリア。横になって」
 真理はマリアを優しく労わりながらベッドに寝かした。
「ちょっと、言い過ぎたわ。ごめん。私は気は強い変わりに体は弱いのが残念ね。こんな体じゃなかったら……」
 その後の言葉が続けらずに、マリアは枕元に置いてあったお気に入りの本を手に取って胸元でギュッと抱きしめた。
 その健気なマリアの気持ちに反応し、真理はぐっと体に力を入れた。
「私、勇気を出してみるわ。私も自由に恋してみたい」
「そうよ、真理、もっと自分の事を愛して。時には欲望を露わにしてもいいのよ。恋にフェアなんてないわ。好きなもの同士が惹かれあって何が悪いの。なぜ邪魔なんかされなくちゃならないの。お互い好き同士なら、正直になるべきだわ」
 自分の気持ちを言い切るとマリアは疲れてしまい、胸に本を抱いたまま、目を閉じて安息する。
 そしていつの間にか眠りに落ちていた。
 静かに寝息を立てて、寝ているマリアは、目覚めのキスを待つ眠りの森の美女のようだった。
 王子様はハイドなのはわかっているのに、ハイドはマリアの前にはまだ現れない。
 今のマリアの状態では、体力が持たずに命にかかわることになってしまう。
 でもマリアは必ずハイドに会えると信じている。
 その力強い愛に勇気づけられるように、真理は覚悟を決めた。
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