終章


 優介が命を落とし、紫絵里が床に倒れていたのを最初に発見したのは瑠依だった。
 マリアに会って様子がおかしくなっている紫絵里の姿を偶然見掛け、ただならぬものを感じていた。
 放っておこうかと迷った挙句、気になる事がどんどん膨れ上がって結局無視ができなかった。
 一緒に居た友達に感づかれないように、適当に理由を行った後、学校に戻ってきたらしいが、その不自然な行動がおかしかったと皆から決めつけられたのは、後になってからの事だった。
 瑠依が教室に戻ってくれば、その目に映った光景の異様さに、震えが止まらず、呆然と突っ立ってしまった。
 その後は、誰かを呼んだのだろうが、優介が息をしてなかった事で、事態は慌ただしく動いただろう。
 そして救急車が現れ、その緊迫したサイレンの響きで、何事かと学校は大騒ぎになったと想像できる。
 この辺りの詳しい事は、私は直接見てないので、人々の噂を耳にしただけだが、好き勝手に憶測が飛び交っていたことに滑稽さを感じた。
 人は好きなように話を作るのが好きだ。
 それを好き好きに話しているうちに、噂がどんどん膨れ上がり、馬鹿な話を信じる輩がでてくるのも人間の愚かさを感じた。
 優介が死んでいた事。
 紫絵里が傍で倒れていた事。
 瑠依もそこに居た事。
 これだけで、話が出来上がるから、すごい想像力だと思う。
 ──紫絵里と瑠依が優介の取り合いをした果ての三角関係の末に起こった事故。
 ──二人が共謀して優介を責めたてた末に、責任を取った優介の自殺説。
 ──または弄ばれた二人の怨念が優介を呪い殺したなど。
 なぜ優介が死んでしまったのか、まだこの時は死因が明らかになってなかったので、それは格好の餌食となって学校中その話題でもちきりとなっていた。
 人が死んだというのに、それは簡単に茶化され、笑うものも出る始末。
 自分が知ってるというだけで、それを利用して誇示欲に駆られて、全く知らないところで自慢げに情報を発信する者。
 そこから尾ひれがつき、様々な方向へと話は作り変えられて流れていく。
 自分勝手な輩ばかりが、この世に存在している。
 人は自分が犠牲にならなければ、決してその痛みはわからない生き物なのだ。
 自分に災いが振りかからなければ、口に重みがなく、次々と便乗して調子に乗ってしまう。
 また瑠依の証言から、他の者がいて、優介は第三者に殺されてしまった噂も飛び交った。
 瑠依が必死に見たままを説明したところで、誰も理解するものはいなかった。
 例えそれが真実だとしても、情報は歪んでしまい、憶測の中で次々と真実から逸れて育っていく。
 真実を知ろうとしないで、一部分を見ただけでも、決めつけてしまう。
 この時も、紫絵里の本当の立場を知らずに、いや、知ろうとする前に先入観が邪魔をして正しく認識されなかった。
 紫絵里が普段から一人で過ごして、いつもぶつぶつと独り言を呟いている姿をクラスの者が常に見ていたからだった。
 そこに真理が居ることを皆知らなかった。
 見えてなかったのだ。
 見ることができた紫絵里と優介だけが真理をクラスメートとの一人だと思っていた。
 しかし、途中から瑠依が真理の存在に気が付きだした。
 ちょうど心が弱り、物事を見つめ直そうとしていた時に、真理が見えだした。
 しかし、それを口に出すのが躊躇われ、その背景に紫絵里が皆からおかしい人と思われていたから、自分もその類だと思われるのが嫌だった。
 だから、紫絵里がマリアと路上で話していた時、皆はまた独り言を呟いていると思っていたが、瑠依にはその様子が見えていたので、気になって紫絵里を追ったという事だった。
 紫絵里の傍に真理が居た事実。
 それを言ったところで、誰にも見えなかった人物を証明できるわけもなく、瑠依もまた三角関係のもつれから狂いだしたと揶揄されるのが怖かった。
 それ以来、瑠依はこの出来事については口を閉ざし続けた。
 自分を守りたい、自分は何も見なかった、そして何も知らない。
 火の粉が飛んでこないように、瑠依は自分が優介を好きだったことも忘れようとしていた。
 狡いと言われようが、したたかと言われようが、そうさせているのは周りの目でもある。
 瑠依もまた周囲に翻弄され、真実を知っていても誰にも言う気にはなれなかった。
 そこに自分を信じてくれる味方がいないと、自分が不利になる。
 そして紫絵里のように孤立して嘲笑われるのが怖かった。
 かつて自分が嘲笑う方の人間であったから、自業自得に罰が当たっていると感じているのかもしれない。
 大人しくなっている瑠依を見ると、瑠依もただの感受性の強い女の子に過ぎなかった。
 思春期のよくある誇示欲を持ったことで調子に乗っていた瑠依だったが、この先どこかで成長していくように私は思えた。
 そしてクラスでも、人気者だった優介の死は多大な影響を与えていた。
 紫絵里が入院している間に優介の葬儀が行われ、様々に涙が流れた。
 優介を失った悲しみと謎が多いこの出来事に、生徒たちはショックとストレスの両方で心身ともに支障をきたしていた。
 担任の鮎川華純はこの事態をなんとかしたいと、心のケアに専念するも、心の底では一時の事だと割り切って考えていた。
 ちょうど夏休みを控え、時が経てばこの騒ぎも落ち着き、また元に戻る。
 それまでの辛抱だと、鮎川華純は生徒達を教壇から見つめていた。
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