レ モネードしゃぼん

Side亜藍 前編 2

 その駅に到着すると、麻木の妹は改札口付近で俺達をすでに待っていた。
 麻木がすぐに気がつき、指を指して自分の妹がどこにいるか俺に教えてくれた。
 俺は麻木の妹に視線をやった。
 進学校に通うにふさわしく、真面目そうで規律をしっかりと守っているような正統派の女子高校生だった。
 顔は一般的にかわいいと言われるのだろうが、兄を見つけたとたんふてぶてしく腕組をしている様子はどこかきつい雰囲気が漂う。
 俺には絶対近寄れないタイプに見えたが、この計画を実行するには麻木の妹は申し分ない容姿だった。
 麻木が俺のことを妹に紹介すると、形だけ頭を少し下げて挨拶をしたが、その後嫌な役を引き受けさせられたと不満たっぷりに兄の顔を見ていた。
 俺は何も言えず、ひたすら腰を低くお願いしますと深く礼をして頼んだ。
 麻木の妹は気乗りしないままだったが、俺がどうして欲しいか要望を言いだすと、とりあえずは引き受けたという責任もあったので、諦めて俺の計画に耳を傾 けてくれた。
 予め奈美の自宅に電話を入れたが、誰も居なかったところをみると奈美はまだ学校から戻ってきてない。
 俺達は人目につかない駅内の端の方で待機する。
 俺だけが隠れれば問題ないので、ちょうどそこに旅行会社の旅の案内を宣伝した大きなパネルがあって、それが俺の身を隠す役目をしてくれた。
 後は奈美がこの駅に戻ってきてくれるのを願う。
 その間、麻木兄妹はとことん俺に付き合ってくれたのだが、麻木の妹は取っ付きにくい雰囲気がして圧迫感を感じる。話す話題もなく、俺達は殆ど無口だっ た。
 そうしている内に、麻木の妹の顔つきがどんどん強張っていくように見え、体全体からイライラの電波が漂いだした。
 麻木は兄として妹の態度が褒められたものではないと思ったのか、無理を言ってるのは俺の方にも係わらず俺の顔を見ては気にするなと気を遣ってくれてい た。
 そういう二人の態度を見ると、俺は本当に申し訳ない気持ちを抱いて居心地悪かった。
 しかし、言いだしっぺは自分であり、計画を実行したいという気持ちも強かったので、ここはぐっと力を入れて俺も踏ん張っていた。
 お陰でストレスのボルテージが一気に上がり、胃が痛くなってしまった。
 電車が駅のホームに入ると実行の時が来たかと緊張感が高まり、改札口に向かって奈美が来ていないか息を潜めながら様子を伺う。
 だが、何度か電車が入ってきても中々奈美は姿を現さない。
 思うように行かず、これ以上二人に迷惑掛けられないと思うと、やはり諦めた方がいいのかとそれを伝えようとした時、奈美が改札口に向かって歩いてくるの が目に入った。
 俺は思わず慌ててしまい、身を隠すときにパネルをひっくり返しそうになりながら必死に支え、麻木と麻木の妹に指を指して知らせる。
 麻木の妹はわかったと頷き、俺の顔を気にしながら奈美の後を静かに着いていった。
 俺は心臓をドキドキさせて、麻木と見つからない程度に出来るだけ近くにゆっくりと近づき、そこから一部始終を観察する。
 奈美は麻木の妹に突然声を掛けられて、不思議そうな顔をして振り向いたが、落ち着いているようだった。
 麻木の妹はこれから嘘をつくと分かっているので、対照的に足が地についてない。
 戸惑いながら、奈美に声を掛けていた。
 そして、俺に今から実行すると知らせるかのように麻木の妹が一度後ろを振り返って合図してきた。
 いよいよだ。
 俺はごくりと唾を飲み込み、体を強張らせて奈美のリアクションをじっと見つめる。
 麻木の妹が俺の要望通りの台詞を言ってくれたと思うが、奈美は穏やかに、ただ首を横に傾げて不思議に思っているだけだった。
 少し沈黙があるのか、二人はただ見詰め合っていた。
 奈美は何かをその後喋り、二人は少し会話をしたように見えるが、麻木の妹はこれ以上どうしていいのか分からず、早くさっさと切り上げたかったのだろう、 落ち着かずに心なしか焦ってる様子だった。
 そして麻木の妹はペコリと頭を下げたかと思うと、ひたすら逃げてくるように奈美の元から走り去った。
 奈美は最後まで訳がわからないというようだったが、紙袋から何かを取り出して匂いを嗅ぎだした。
 何をしているんだろうと、俺は奈美の取り出したものが気になっていた。

「もうこんなこと二度としないからね」
 大役を果たしてくれた麻木の妹は兄に向かって怒っているが、それは遠まわしに俺に向けた言葉でもあった。
「あのさ、森宮君」
 キッーとした目つきを俺に向けて年下なのに上から目線で俺を君付けで呼んだが、何も言えないだけに、大人しく麻木の妹を恐々と見た。
「男だったら、自分の口からはっきり言いなさいよ。こんなことして芝居しても、彼女は何のことかさっぱりわかってないよ。それに森宮君のことなんてなんと も 思ってなかったみたいだったよ」
 きつく言われて俺の心にその言葉が鋭利の刃物となってぐさりと刺さる。さらにその刃物はもう一度俺を刺した。
「他の女をちらつかせて、彼女の気を引こうなんてほんとサイテー」
 そこまで言うかと正直思ったが、やはりそうなんだろう。
 麻木の妹はイライラするとばかりに怒りをぶつけてきた。
「やってしまった後だから仕方がないけど、それでもものすごく後悔だよ。こんなに後味が悪いなんて思わなかった。なんか私がバカな女に見えた。あーやだ。 な んでこんな気持ちにならないといけないのよ」
「おい、ヒトミ、落ち着けよ。ただの芝居だろ」
 麻木が兄としてなだめようとしたが、麻木の妹は結構プライドが高くお芝居だったとはいえ、奈美の反応のない態度が自分を小バカにしたみたいに見えたよう だった。
 奈美は人を見下していたわけではないと思うが、突然のことに驚き過ぎ、奈美のことだから自分の本心をひたすら隠してポーカーフェイスを装っただ けかもしれない。
 奈美が最後に何かを取り出して匂いを嗅いだあの時、どこか背中が丸まっていたように思う。
 そして落ち着くためにああいう行動をしたのではないだろうか。
 きっとそこには自分の好きな匂いがするものがあり、気を紛らわしていただけのように思えた。
 この後、奈美は一体どんな行動を取るのか、俺はすぐに奈美の後を追いかけたかったが、麻木の妹は気が納まらなくて、お説教と題してまだ俺にネチネチ攻撃 するように愚痴 を言っている。
 こればかりは俺も謝り倒すしかなかった。
 何度も謝って、そして機嫌を取るためにその後皆でアイスクリームを食べに行くことになった。
 もちろん俺のおごりで。
 それで半時間くらい潰れてしまった。
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