Side亜藍 前編 4
「奈美、来てたのか。久し振りだな。でもお前、ちょっと太った?」
「げっ! 久し振りに会ってそれが私に言う言葉なの? はいはい、少し太りましたよ」
奈美は図星だと言わんばかりに、むっとした気持ちをそのままストレートに顔に表して開き直っていた。
その後、樹里がフォローを入れて胸がでかくなったなんていうから、俺は思わずそこに目がいってしまい、目が離せなくなってじっと見つめてしまった。
素直にそういえば大きくなったかななんて思いながら見ていたから、奈美は慌てて靴を履いて立ち上がった。
俺もデリカシーにかけていたが、思春期なので本能には勝てなかった。
奈美が立ち上がった拍子に俺は体を少し反らしたが、俺の背が伸びてることに気がついて、奈美は更にどこか落ち着かなさそうだった。
奈美の胸が大きくなったように、俺も背が伸びて大きくなった。
いつの間にか二人は男女の違いを強調するように成長していた。
あのとき太ったと言ったけど、確かに奈美の体はメリハリがついていて女らしさを感じてしまった。
奈美も俺の背が高くなったことで、同じように男らしさを感じていたのだろうか。
昔と比べたら変わったとは自分でも感じる。
時々下半身もうずくときがあり、抑えられないむらむらした気持ちが湧き起こるのは男になってる証拠だと思う。
だから俺達の間にお互いの成長の違いを認めることで、気恥ずかしい意識が芽生えて、なんだかぎこちなかったように思える。
胸のことをつい見てしまい、奈美が生理的に嫌悪感を感じて避けていたように思えたので、フォローしようと俺は妹に鞄を預け、送るという名目で後を追いか
けた。
奈美の奴、変に照れてそれを誤魔化そうと体を反り返して粋がってたけど、素直じゃない態度に相変わらずその部分は変わってなくて奈美らしいとつい笑えて
きた。
俺が話しかけなければ、奈美はいつまでも意地を張って黙り続けると思ったので、まずはお決まりのパターンから奈美を引き止めて怒ってるかどうか確かめ
る。
「奈美、もしかして俺が太ったって言ったから怒ってるのか」
奈美の腕を掴んで言った。
だが奈美は怒りすぎていたのか、すぐに答えを返さない。
心配になって俺は何度も奈美の名前を呼んでいた。
その後、鬱陶しげに腕を振り払ってきたが、露骨に嫌がった態度をされて少しショックだった。
「うるさいわね、私の名前をそんなに気安く呼ばないでよ。そういえば亜藍は私と初めてあったその日に呼び捨てだったよね」
「そうだったな」
俺は感慨深く返事する。あの時のことを未だに感謝しているからだった。
奈美が消しゴムを拾って届けてくれたことで仲良くなれた訳だが、あの時そういうことが起こらなかったら、俺たちはこんなにも仲良くなっていなかった。
そう思えば、虐めた奴らは腹立たしいけど、起こるべき時に起こらなければならなかった出来事だったんだと有難く思えるようになってくる。
『ナミ』
彼女が自己紹介をしてきたときに言った名前は、耳に心地いい響きだった。
ナミという音はとても言いやすかったし、好きな音だったのか知らずと声に出していた。
奈美はいきなり呼び捨てだとか言ってるが、まだ”さん”や”ちゃん”付けになれてなくて、そんなものを名前の後につけなければならない感覚など俺にはな
かった。
その後奈美も俺のことをすんなりとアランと呼んでくれて、それで友達成立って確信したもんだった。
目の前に居る奈美はあの頃の面影を残しつつ、かわいくなったと思う。
俺に向かって笑ってくれたあの笑顔は、俺を元気にさせてくれる動力だった。
それは今も変わらない。
気分屋で機嫌を損ねたら手に扱いにくいところもあるが、そう長続きはしないし、俺の言い方一つですぐに笑顔になるので、俺としてはゲーム感覚のように奈
美を喜ばせることが楽しい遊びの一つだった。
俺も結構マゾ的な部分があったのかもしれない。
またこの時も、奈美の機嫌をどんな風に直そうかなどと考えていた。
「いい加減に、機嫌を直せよ。別に怒らせようと思った訳じゃないし」
余裕を持って落ち着いた笑みを浮かべたつもりだったが、背が奈美より高くなっていた俺は奈美を見下ろしていた。
奈美は反対に俺を黙って見上げている。
そのときの瞳は俺を意識していたように思えた。
背が高くなっただけで、奈美が以前俺を見ていた目つきと全く違うものに見えたからだった。
それと同時に何か考え事をしているのか、俺を見つめている奈美の目の焦点がずれたように見えた。
そして奈美の口から「麻木」という名前が出たときは
俺の方が急にドキドキとして、心取り乱してしまった。