レ モネードしゃぼん

Side亜藍 後編 3

 メールを送った後、すぐに返事が来ることを期待してじっと携帯を見つめつつ、奈美の家の前でおどおどしながら立っていた。
 家路に向かうおじさんが乗った自転車が横切って行く。
 俺も顔をあげてそいつを見れば、相手も怪しそうに見つめながら通り過ぎていく。
 俺から離れているのに首だけは露骨に振り返って俺を曲者扱いしていた。
 薄暗いところで携帯を握り締めて、学ランを来た学生が電気もついてない家の前にぬぼっと立っていたら不思議に思うことだろう。
 こっちも別に悪いことをしていないが、そんな態度で見られると余計に挙動不審になっていた。
 まだ奈美からの返事が返ってこない。
 家はすぐ目の前なのにインターフォンを押せばそれだけで済むことを、わざわざ携帯を使わないとコミュニケーションができないのも潔くない。
 しかし、面と向かってはっきりと伝えられない俺には便利なツールだから仕方がない。
 真っ暗の家の中で一人で一体何をしているのだろう。
 階段から落ちたとか、何か変なことでも起こってるのじゃないかと悪い方に考えてしまった。
 心配しながら、もう一度メールを送ってみた。
 『なんで電気つけないんだよ』
 それを送れば、目の前の窓のカーテンが揺れ人影が一瞬見えた。
 そしてその直後玄関のドアが勢いよく開いて、奈美が出てきた。
 薄暗かったが、奈美の目が赤く腫れぼったくなっているのがわかる。
 俺が泣かしたことに変わりはない。
「まだ怒ってるのか? 俺が悪いんだったら謝るからいい加減に機嫌直せよ」
 とりあえず謝罪の体勢だが、俺はいつもこんなことばかりしている。
 謝ることしか能のない男。
 だが奈美は赤い目をもっと赤くするように泣き出した。
 こんなに泣かれては俺は困ってしまい、小さな子供を扱うようについ接してしまう。
「おいおい、何泣いてんだよ。強情で素直じゃない奈美ちゃん」 
 奈美は俺の名前を呟き、門を開けて俺と向き合うために近寄った。
 薄暗かったけど、電灯の灯りに照らされた奈美の顔がぼんやりと柔らかに見える。
 俺達はかなり近い距離からお互いを見つめていた。
 奈美は俺に素直になろうとして、優しい声で話し出した。
「ごめん。亜藍は何も悪くないよ。怒ったのは、私が我がままで思うように行かなかったから一人でイライラしてただけ。それになんか石鹸買ってから平凡が非 凡になっちゃっ て戸惑ってしまって」
「ん? 石鹸?」
「だから、その、ふらふらっと石鹸の香りに誘われて衝動買いしちゃったの。それがきっかけなのか、次、知らない人に声を掛けられて、亜藍の事が好きとか言 われちゃったでしょ。それを亜藍に伝えようと家に寄ったら、亜藍に久し振りに会ったけど、フランスに行っちゃうとか言うからさ、どうしていいかわかんなく なってさ、そしたら急にイライラしてしまった」
 石鹸を買ったのは偶然だろうが、残りのことは俺が仕掛けたことであり、良心の呵責からこれ以上黙っておくことはできなかった。
 申し訳ない気持ちで誤魔化すこともできず、奈美が素直になって俺と向かい合ってるこの時にぶち壊すような話をするのも気が引けて、俺は苦笑いになってし まった。
 俺のそんな態度が不安を呼び起こしたのか、奈美は眉間に皺を寄せて戸惑って俺を見ていた。
 俺はきっちりと説明しなければならない。
 「実はさ、俺の方が謝らないといけないんだ」
 奈美が怒るのを充分覚悟して、足を踏まれたように顔を歪ませて伝える。
「えっ? どういうこと」
 その続きを早く聞きたいとばかりに、俺の話す言葉を息を飲んで待っていた。
 こんなことを言い出せば、何が飛び出すのか知りたくもなるだろうが、それが最悪のことだけに俺は話すのに相当の覚悟がいった。
 案の定、俺が正直に自分の仕掛けた芝居のことを話せば、やっぱり思った通り奈美は怒ってしまった。
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