レモネードしゃぼん

その後 前編1


 ずっと一緒だと思っていた訳ではない。
 でもそこに居るのが当たり前すぎて、離れるという感覚が湧き起こらなかった。
 しかも、別れという時が迫って、初めて大切な人だと気づく二人。
 切羽詰らなかったら、その気持ちも大きく膨れ上がらなかったのかもしれない。
 だけどそこからどうしよう、またはどうしたい、という感情が固い殻の中に包まれて出てくるのを拒む。
 それをうもらせたまま、二人は砂時計の決められた量の砂が、いずれ全てが落ちるその時まで静かに見つめていた。
 その時が別れのときと知っていても、二人はただ変わらない日々を最後まで送る。
 それをもどかしいと、近くでヤキモキしている者がいた。

 5月の大型連休が始まった日、汗ばんでくるような日差しが真っ青の空をさらに濃くする勢いで降り注いでくる。
 眩しさと大空の青さが目に心地いい。
「ほら、お兄ちゃん、何もたもたしてるの、早く行くよ」
 森宮樹里が、玄関で兄の亜藍をせかしている。
 亜藍は、自分の着ている服がこれでいいか気になりながら、靴を履こうとしていた。
 着替えた方がいいかもしれないと迷っているので、暫し手元が動いていなかった。
「今日は暑くなるから半袖でも大丈夫だから」
 兄の考えていることはお見通しだと、樹里は呆れた顔を向けながら服の心配はするなと口にする。
「樹里はそういいながら長袖着てるじゃないか」
「私は日焼け対策も入ってるの。とにかく早く靴履いてよ。奈美ちゃん外で待ってるんだから。貴重な時間無駄にするな」
 樹里の言葉に、我に返って亜藍はさっさと靴を履いた。
 『貴重な時間』
 その言葉にはここ最近重みを感じていた。

 樹里は玄関のドアを開け、「お待たせ」と奈美に近寄った。
 女同士の会話は、服が可愛いだの、似合ってるだのと褒めあっている。
 そこに遅れて亜藍も登場すると、奈美はニコッと笑ってその後で当て付けの様に、「遅い!」と喝を入れていた。
 あの時、亜藍がフランスにこの夏行くと聞いてから何も変わっていない。
 いや、本当は変わっているけど、無理に自分の気持ちを押し殺しているだけだったかもしれない。
 はたまた、変わらないようにと必死にこの状況を続けようとしているとも考えられる。
 二人にしか分からない複雑な胸の内。
 それでも笑顔で過ごそうとしていた。
 もう一緒に居られないその時まで。

「ほら、お兄ちゃん、奈美ちゃんに怒られた。いつもそうなんだから。ごめんね、奈美ちゃん、ダメダメお兄ちゃんで」
「樹里が言うことか!」
 亜藍は樹里の頭を軽く叩いてやろうとしたが、樹里はその前に頭を引っ込めてかわし、舌を出して奈美の手を引っ張って走っていってしまった。
「お兄ちゃんのノロマ」
 妹にバカにされてるというのに亜藍は言い返せず、その後を追いかける。
 それもそのはず、この日のお出かけは樹里が提案したことだった。
 樹里は、遊園地の入場無料券を三枚手に入れた。
 最初は、「お兄ちゃんと奈美ちゃんと二人で行きなよ」と言ったのに、いつまでも亜藍は奈美を誘えなかった。
 それを見かねて樹里が三人で行こうと勝手に奈美に連絡する始末。
 だから『ダメダメお兄ちゃん』というのはもっぱらその通りであり、はっきりと物事を決められない優柔不断さで、やること全てが遅いとあれば『ノロマ』と言われても致し方ないのである。
 樹里にしてみれば、もうすぐ遠くに行ってしまう兄のためを思っての行動なので、亜藍も頭が上がらないのだった。
 少し二人と距離を置いた後ろを亜藍は歩いていた。
 奈美と樹里はとても仲が良く、二人が楽しそうに会話をしている姿は、音符や星、ハート、と言った可愛いマークが楽しく飛び交っているように見える。
 この日はずっとこの二人の尻に引かれそうな予感を感じながらも、青い空を見ればそれも楽しくウキウキしてくるようだった。
inserted by FC2 system