レモネードしゃぼん

その後 後編2

 お参りを済ませた後は、いい天気に誘われるように散策する。
 鮮やかな緑の生き生きとした若葉が、目に優しく心地いい。
 その自然を堪能しようと、三人は普段、人が入り込まないような木が覆い茂った奥にまで足を延ばしていた。
「こんなところ歩いて罰当たらないかな」
 これを言ったのは心配性の亜藍だった。
「なんでお兄ちゃんは用心深いの? 少しは勇気を持って立ち向かうくらいの気持ちになったら?」
「だって、神社の裏側だろ。神様だって裏から見られたら嫌なんじゃないかなって思って」
 それよりも悪いものも居そうな気分になり、カラスがカァと鳴いて、がさごそして飛び立ったとき、亜藍はびくっとしていた。
 樹里は首を横に振って、自分の兄ながらこれでフランスで一人でやっていけるのかと心配になってしまった。
「ちょっと、あれ見て」
 奈美が何かを見つけ指をさしている先には、小さなほこらがあった。
 その祠は所々雨風に侵食されて古ぼけている。
 なんか気味の悪い雰囲気がするが、誰かがお参りに来るのか、空の酒カップが祠の正面に置かれてあった。
「ここにもこれがあるということは、この辺りも入っても大丈夫ってことなんだ」
 樹里がビクビクしている亜藍を安心させるように言うと、亜藍も納得してほっとしていた。
 暗示にも弱い事が分かったと、樹里は益々呆れてしまう。
「ねぇ、あれなんだろう?」
 奈美は視力がいいので、また何かを見つけたみたいだった。
 祠から少し離れた木のふもとに、黒いビニール袋が不自然に置かれていた。
 誰かがゴミを不法投棄したように見えた。
 だから奈美が残念だと言わんばかりに近づいて、そのゴミ袋をひょいと持ち上げようとしたとき、微かに中で何かが動いたのを見て悲鳴を上げた。
「奈美ちゃんどうしたの?」
「おい、奈美、なんて声出してんだよ」
 樹里も亜藍も驚いて近寄ると、奈美ははっとして勇気を振り絞りゴミ袋の結び目を恐々と解いて中を覗きこんだ。
 それを見て奈美だけじゃなく、後から覗き込んだ樹里も亜藍も「あっ」と驚愕した。
 まだ生後間もない子犬が中に入っていた。
 しかも数を数えると四匹いる。
 どれも弱弱しく今にも息絶えそうだった。
「どうしよう」
 奈美がうろたえて、亜藍と樹里を見つめるが、二人もどうしようと体が震えるように怖くなっていた。
「病院だ。病院に連れて行こう」
 それを言ったのは犬嫌いの亜藍だった。
 亜藍は自分が犬嫌いだということも忘れ、袋から子犬を一匹取り出して、体を擦るように撫ぜ出した。
 それに続いて、奈美も樹里も子犬を手に取り抱きかかえる。
 四匹いたので、二匹は亜藍が抱き、残り一匹ずつ奈美と樹里が抱えることとなった。
 三人は急いで林を抜けて、神社の境内に戻り、そこから小走りになっては人を見つけてこの辺に動物病院はないかと聞いて回った。
 子犬たちの息が弱く、命が消え行くんではないかと感じて、胸が締め付けられる。
 怖さのために必死になり過ぎて、自分達が何をしているのかわからないくらいだった。
 なかなか獣医を探しきれず、時間だけが過ぎていく。
 やっと見つけたときには祝日のために休診となっていた。
 呆然として三人が子犬を抱きかかえながら立っていると、偶然側を通りかかった自転車に乗ったおばさんに声を掛けられた。
 おばさんは三人が弱りかけた子犬を抱いているのを見て、尋常じゃない様子に放っておけなくなり、持っていた携帯電話で電話を掛けて誰かと話をつけていた。
「今ね、ここの獣医さんと話をしたから、すぐに病院開けてくれるって」
 そう言うと、病院のドアが開き、中からジーンズを穿いた女性が現れた。それがここの獣医だった。
 おばさんは近所の人でここの獣医と親しかったみたいで、子犬たちのことを考えて連絡をつけてくれていた。
 そのおばさんに三人は頭を下げて礼を言う。
 あとは獣医に任せたと、おばさんは心配そうな顔つきのまま去っていった。
 子犬たちの様子を見るなり、獣医はすぐに事情を飲み込んで三人を中に通す。
 診台の上に子犬たちを乗せるが、どれもみなぐったりとして動かなかった。
 その姿は容易に死を連想させた。
 獣医は厳しい顔を見せながらも、丁寧に一匹ずつ体調を見ていく。
 その様子を祈る思いで三人は見ていた。
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