レ モネードしゃぼん

Side奈美 前編 2

 家に帰る途中、亜藍の家の近所を通るので亜藍の話になったことだし、久し振りに寄ってみたくなった。
 亜藍とは会ってなくても、亜藍の二つ年下の妹の樹里(じゅり)ちゃんとは仲がよくたまに宿題教えてと私の家に来たりする。
 そして亜藍のお母さんとうちの母親は結構親しい付き合いでもある。
 だから亜藍の家に行くのは全く抵抗がない。
 そもそも、亜藍と知り合ったのは小学三年の時のこと。
 亜藍一家がこの町に引っ越してきた。
 あの時の亜藍は男の子の癖にその辺の女の子よりも色白で、しかもがりがりだったからひ弱そのもの。
 さらに、人見知りが激しいのか誰とも喋らなくて、勉強も授業についていけそうもないくらいできなかった。
 だからいつも虐められていた。
 それでも亜藍は言い返すこともなく、じっといつも一人で耐えて毎日学校に来ていた。
 そして私もはみ出し者だった。
 人付き合いが苦手なところがあって、しかも我がままで自己中心。自分で言ってると世話ないんだけれど……。
 あの時はまだ子供だったから自分がどういうものかコントロールなんてできなかったときだった。
 その時の自分の評価が良く分かるエピソードがある。
 廊下でクラスでも人気の心優しいユリ子ちゃんと喋っていたとき、きつい性格のクラスで一番背の高い加藤さんがやってきて、皆でドッジボールをするからと 誘ってきた。
 私はユリ子ちゃんともうちょっと二人っきりで話したかったけど、折角誘ってもらったからと加藤さんにユリ子ちゃんと一緒についていった。
 そして下駄箱で靴を履き替えようとしたとき、加藤さんが振り向いて目を見開いて言った。
「湊さんも来たの? 私はユリ子ちゃんだけ誘ったのに」
 とのこと。
 私があの場に一緒に居てユリ子ちゃんだけを誘うことができることに、子供心ながらものすごくショックだった。だってあからさまののけ者扱いだもん。それ だけは時が経っても忘れられない。
 そういうことで、あまり人に好かれるようなタイプではなかった子供だったと思う。
 今もそうかもしれないが。
 だから亜藍が同じような立場に居たように思ったから私は亜藍と一緒に過ごすようになった。
 家も近かったし、亜藍のお母さんとうちの母が近所のゴミ拾いの奉仕活動で一緒になったとき意気投合したということもあって、家族ぐるみで仲良くなって いった。
 亜藍は最初私ともあまり喋らなかったけど、側にはいつもいた。
 私も友達は多い方じゃなかったので、亜藍と一緒に居るのは退屈しのぎにもなったし、寂しさを紛らわすには最適な相棒だった。
 その頃はまだ男女の差なんてものは全くなかったように思う。寧ろ私の方がしっかりしていて、本読みが苦手な亜藍に国語の先生のフリをして授業ごっこなん かして遊んでいた。
 亜藍もノリがよくて、すっかり私の生徒として楽しんで授業を受けてくれていた。
 亜藍の家でそんなことをしていると、お母さんがにっこりと微笑んでとても美味しいケーキやクッキーを焼いてくれたりした。
 知らずと妹の樹里ちゃんも一緒に交わって、なんだかすごく楽しくなって将来は国語の先生になりたいなんて思ったくらいだった。
 それが当たり前のようになっていったから、その後クラスが違っても学校が終われば一緒に帰ったり、休みの日は一緒に遊んだり宿題もしたりと何かと仲が良 かった。
 亜藍のお母さんもいつも歓迎してくれて、私は森宮家とは切っても切れない関係となってしまう。
 だけど亜藍のお父さんとはあまり会う機会がなく、休みをいつ取ってるのかわからないくらい働いているようなイメージだった。
 時々居ないように思えたのは出張もしていたのだろう。
 とにかく忙しくよく仕事で家を留守にすると亜藍も言っていたように思う。
 一度ちらりと見たことがあったが、亜藍と同じように色白だった。
 顔はあまり思い出せないが、どこかはっとするような目立つ顔立ちだったように思う。要するにハンサム だったのだろう。だけど子供心にまだそこまで確定する目は私にはなかった。
 なんだかオレンジジュースが好きそうなイメージがあったのをおぼろげに覚えている。
 中学に上がるときになる頃、亜藍は受験をして中高一貫の私立の学校へと行ってしまった。
 しかも男子校で頭が良くなければ入れないところ。
 あんなに勉強ができなかった亜藍が、難関な学校へ進学したときはびっくりしたけど、一生懸命頑張ったんだなって亜藍の根性を見直したものだった。
 そのせいなのか眼鏡をその頃かけだした。目が悪くなるくらい勉強してたんだろうか。
 だけど人一倍頑張って難関中学へ行った亜藍は本当に努力家だと思った。
 しかし相変わらず細くてヒョロヒョロだったところはひ弱な男に見えて損をしていたように思う。
 顔も決して悪くはないのに──。
 寧ろやさしくてかわいいタイプ。
 でも私だけは亜藍の事を最大に評価していた。
 その後学校は離れたけど、樹里ちゃんと遊ぶときは亜藍も一緒に混じって行動を共にしていた。
 まだ中学の時は頻繁に会っていた方だったかもしれない。
 そしてそのときは少しだけ私の方が背も高かった。

「あっ、奈美ちゃん。久し振り。どうぞ上がって」
 家のインターホンを押せば、樹里ちゃんが出てきて対応してくれた。家には樹里ちゃん一人しか居なかったみたいに見えた。
 樹里ちゃんも亜藍に負けずと色白だが、女の子なのでか弱いかわいさがある。
 ウエーブがかかった髪質の細い薄っすらと茶色い毛がとても柔らかく見える。
 樹里ちゃんはとてもかわいい女の子だから、笑顔で迎えられると女の私でも癒されて心奪われる。きっと学校では男子生徒にモテモテなんだと思う。
 だから私も樹里ちゃんに自然とにっこりしてしまう。
「そんなたいそうなことじゃないんだけど、今日は亜藍に用事があって、亜藍居る?」
「お兄ちゃんはまだ帰ってきてないの。最近家に帰ってくるの遅い。部活でもしてるのかな」
 亜藍が部活? インドアな文化部くらいしか思いつかない。
「そっか、じゃあ、仕方ないな」
「奈美ちゃん、久し振りだから上がっていってよ。今ね宿題してるんだ。ちょっと手伝って」
「えっ、私よりも樹里ちゃんの方ができるじゃない」
 樹里ちゃんは中学三年生だが、高校はいいところを目指しているのを知っている。そこは私の高校よりも遥かに偏差値が高い。
「いいから、いいから、早く終わらせたいの」
 樹里ちゃんに引っ張られて家の中に連れ込まれてしまった。
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