Lost Marbles

第十一章 危険な真実


 一夜明けて、落ち着きを取り戻したトニーは、バツが悪く、ジョーイと面と向かうのを躊躇った。
 ジョーイはすでに身支度を整え、リビングルームのソファーに深く腰を下ろして、考え事をしていた。
 頭を掻きながら、トニーはジョーイの前に立ち、意味もなくヘラヘラ笑って、もじもじしてしまった。
「オハヨー、気分はどうだ、トニー?」
「ハハハハ、悪くねぇよ。頭は少し痛いけどな。昨日はすまなかったな。後でちゃんと片付けるから」

「もういいよ。お陰でこっちも色んなことがわかってきた。もしそうなることを意図されていたのなら、あれはギーの計画だ」
「ん? 何のことだ?」
「いや、トニーには関係ない。気にするな」
「でも、FBIっていうのが気に掛かる。もしかしたら俺がここに居る理由に関係あるのかもしれない」
「どういうことだ」
「ジョーイ、俺もう黙っているのは苦しいから言うよ。俺はジョーイを監視するためにここに送られてきたんだ」
「なんだって」
「事情は一切何も知らされてない。だけど、お前を守りたいと周りで人が動いている。俺はその一人で、何か異変が起こったらすぐに連絡する立場にあるんだ」
「誰にだよ」
「シアーズ先生だ」
「えっ!」
 ジョーイは体を突っ張らしてこの上なく驚いていた。
「シアーズ先生は俺が日本に留学できるようにしてくれた人なんだ。そしてその代わりに仕事を命じられた。それがジョーイの様子を見守ることだ」
「なるほど、それでベビーシッターか。常に俺に優しく、何でも言うことを聞いていたのも仕事だったからなのか」
「すまない。でもお前と喧嘩したとき思ったんだ。ジョーイはやっぱり親友だって。俺も過去に色々あった。親はいないし、更に学習障害で勉強ができないと思 われてぐれてたんだ。そんな時シアーズが助けを差し伸べてくれた。勉強の仕方を教えてくれたり、読めないのなら、耳で覚えろって。たまたま日本のアニメ見 てたら日本に興味を持って日本語を耳で何度も聞いて繰り返したんだ。そしたら不思議なほど頭によく入って覚えられたよ。そこを見込まれてここにいる訳なん だが、日本に来て本当に楽しかった。二ヶ国語話せることで自信に繋がって今では学習障害というコンプレックスも気にならなくなった」
「それで何が言いたいんだ」
「ああ、だから隠し事はしたくないってことだ。昨日の俺の行動で何かFBIに影響をもたらして、ジョーイに迷惑が掛かるのが嫌なんだ。それを説明するには 俺の状況を言わなければ分かってもらえないと思ったんだ。俺はシアーズ先生よりも、ジョーイの力になりたいから。もちろん友達としてな」
 トニーがウインクして最後の言葉を強調すると、ジョーイの口許が綻んだ。
「サンキュー。だけど何も心配するな。俺は大丈夫だ」
「そっか、俺にできることがあるなら何でも言ってくれ」
「それより、早く学校に行く支度しろ。遅れるぞ」
 トニーは全てを吐き出してすっきりしたのか、晴れやかに笑っていた。
 思いっきり伸びをし、気合を入れ、部屋を出て行った。

 身の回りに起こった出来事が、徐々に繋がってくる。
 駅で盗み聞きしてしまったあのトニーの会話も、相手はシアーズだった。
 シアーズはトニーを使ってジョーイを監視している。
 だが、それはなぜだ。
 シアーズの目的が判れば、全ての謎が解ける──
 ジョーイの目は鋭く前を見据え、すでにシアーズに立ち向かう覚悟ができていた。

 駅に向かっている途中、キノの住んでいるマンションが視界に入った。
 キノに会いたい気持ちをぐっと飲み込んだ。
 キノのおかれている状況が判った今、その原因を作った父親の罪を償いたいと切に願う。
 どんな真相が待っていようと、ジョーイは全てを受け入れ、立ち向かうつもりでいた。
 キノへの思いを強く心に募らせ、ジョーイは体を震わせた。

 学校に着き、校門を潜ると、ジョーイは自らシアーズの下へ歩いていった。
 トニーは見て見ぬふりをし、黙って一人で教室へ向かう。
 校舎に入る前に一度振り返れば、その時、すでにジョーイとシアーズが対峙していた。
 穏やかではないのが伝わってくるが、ここからは自分は関与できないことを充分に理解していた。
 代わりに、空を見上げた。
「なんとも清々しい青空だぜ。皮肉だな」
 ジョーイの心とは裏腹の空を見て、ふーっと息をもらしていた。

 生徒達が次々と集まり、校舎に流れていく中で、ジョーイは立ち止まり、挑戦的な眼差しをシアーズに向けた。
「(おはようございます、シアーズ先生)」
「(なんだ、ジョーイ。今日は礼儀正しいじゃないか)」
「(先生、話があります)
 かしこまるジョーイの様子に、シアーズの目許が鋭くなる。
「(その調子だと、かなり深刻そうだな)」
「(はい。トニーから聞きました。先生は俺を監視していると)」
「(そうか)」
 シアーズは顔色も変えずに、極自然に答えていた。
 ジョーイの瞳から大体の事を読み取っていた。
「(一体、先生の目的は何ですか)」
「(私の目的? 一言で言えば、ジョーイを見守ることだ)」
 その時見せたシアーズの瞳は深くジョーイを捉えていた。
「(なぜ、俺なんですか? 先生が特定の生徒を贔屓するのは褒められたことではないでしょう)」
「(そうかもしれないが、お前は特別だからな)」
「(それって、俺は遺伝子を操作された人間だからですか)」
「(なんだと? 何を言ってるんだ)」
 このときばかりはシアーズも驚きを隠せなかった。
「(誤魔化さなくてもいいです。ある程度のことは分かりました。俺の父親が関与して、遺伝子操作をしてること。完璧な人間を作り出そうとしていることも。俺の周りでFBIが付きまとって、俺にも回りくどく教えてくれました)」
 シアーズは黙り込む。慎重に言葉を選んでいた。
 だが腕時計を見れば、それを口に出す時間がない。
「(ジョーイ、できたら放課後に話さないか)」
「(その時、何もかも話してくれるということですか?)」
「(そうだな、できる限りのことは……)」
 そういい残し、シアーズは踵を返した。
 背広に身を包んだシアーズの背中が、ジョーイの目に映る。
 一瞬、どこかで見たような既視感に捉われた。
 今迄、シアーズをまともに見たことがなかったが、そこには自分の普段のイメージとは違う何かを見たような気になった。
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