Lost Marbles

第二章 気になる女の子


 スーパーを尻目に、ジョーイはさらにその先を進む。
 買い物は後回しに、足は駅へと向いていた。
 前から歩いてくる人たちに時折目をやり、お目当ての人物との偶然の出会いを期待していたが、駅が近づいてくると意気消沈して尻込みしていた。
 会えば偶然を装うことなどできないと思うと、くるりと踵を返して逃げてしまう。
 今一歩踏み込めず不完全燃焼になりながら、何がしたいんだと一人悶々としていると、後ろから肩を叩かれ、ジョーイはドキリと跳ね上がった。
「うそ〜、私のためにわざわざ迎えにきてくれたの?」
 猫なで声でしなを作り、目をパチパチ上向き視線で見つめる姿がそこにあった。
 思わずジョーイは手が出て、その人物の頭を叩いていた。
「トニー、ふざけるのもいい加減にしろ。注目の的になってるだろうが!」
「なんだよ。これぐらいの冗談も通じないのか」
「人前では変な行動するなってことだ。ただでさえ目立つというのに」
「ジョーイは周りを気に過ぎなんだよ。なんでそこまで堅物なんだ。もっと素直になってみろよ。人生は楽しいぞ。俺なんて日本に来てからモテてモテてバラ色の人生だぜ。しかも英語話すとさらにかっこいいーとキャーキャー騒がれる」
「お前は調子に乗りすぎなんだ。ちょっと白人で青い目の金髪なだけでカッコイイとちやほやする女達なんて中身なんてない奴らだぜ。バカバカしい」
「いや、俺は有難い。美味しい思い一杯させてもらってるよ。日本女性最高!」
 トニーはすれ違う女性達に気軽に笑顔を見せて手を振っていた。
 ジョーイは無視して歩き出す。
「ところで、ジョーイ、なんで服着替えてこんなところにいるんだよ。まさか誰かと待ち合わせ? デート?」
「そ、そんなんじゃない」
 キノに会いたくて偶然を装ってうろうろしてたとは言える訳もなく、それでいて自分の突拍子もない行動に動揺していた。
「なんか怪しいな。俺に隠し事でもしてるのか。なんだよ。正直に言っちまえよ」
 こういうときトニーはしつこかった。
 いい加減なようでいて、人一倍物事をきっちりと把握しないと気がすまない性格。
 少しの変化も見逃さないくらいにいつも鋭く目を光らせる。
「そっちこそ、ナンパしにいった割には早く戻ってきたけど、結局上手くいかなかったのか。お前らしくもない」
 ジョーイはなんとか話を逸らそうとした。
「ああ、いいのが居なかったんだ。やはり自分から声を掛ける時は飛び切りの女じゃないと意欲がわかないってもんだ。そんなことより、早く教えろよ。一体ここで何をしてたんだよ」
 逸らそうとした話もあっさりと不発に終わってしまった。
 このままでは問い詰められてまずい。
 だが、それはあっさりとトニーの方から話題を変えた。
「おい、あれ見ろよ」
 トニーが歩道橋から下を指差す。
 話がそれたとほっとしたのもつかの間、またジョーイの心臓はドキッと跳ね上がり、目が丸くなる。
 キノが居た──
 歩道橋下に向かって、大型犬と一緒にこちら側に向かって歩いている。
 ──ほんとに見つけちまった。
 歩道橋真下にさしかかると、二人は反対側の欄干へすばやく走りより、またキノの様子を上から覗き込んだ。
 ジョーイは棒立ちになり、歩いているキノをまじまじと観察していた。
 キノはピンクのフード付きのパーカーを着て、ジーンズを穿いている。
 あれから無事に戻ってきて服を着替えていた。
「あいつ、ここに住んでたのか。でもあの犬なんで漢字がついた垂れ幕のようなもの身に着けて歩いてるんだ」
 トニーは漢字があまり得意ではなかったので読めなかったが、そこには『訓練中』と書かれた服を着たラブラドールレトリバーが、キノに連れられて歩いていた。
「あれ、もしかして盲導犬じゃないか?」
 ジョーイも不思議そうに答える。
 時々立ち止まったり、座ったり、キノの様子を窺って歩いている姿は、確かに盲導犬さながらだった。
  二人は暫くキノと犬を上から眺めていた。
「あいつ、眼鏡掛けてるけど、盲導犬が必要なほどそんなに目が悪いのか?」
「そんなことある訳ないだろ。あれは訓練してるんだよ。あの漢字は訓練中って書いてあって、すなわちトレーニングって意味だよ」
 しかし、なぜという疑問が付きまとった。
 キノが交差点の角で立ち止まれば、犬もすぐさま座り込んだ。
 まだはっきりとその姿が見える距離。
 キノはパーカーのポケットに手を入れ何かを取り出しながら、角にあるガラス張りのコンビニの中の様子を窺っている。
 手に持っていたものを耳にあてたところを見ると電話を掛けていたらしい。
 しかし相手が出なかったのか、すぐにポケットに直していた。
 次に、掛けていた黒ぶちの眼鏡を外し、またポケットからか何か黒いものを取り出すと今度はそれを顔につけた。
 サングラスだった。
 ジョーイもトニーも、何をしているのだろうと黙ってその様子を眺めていた。
 その後、キノは犬の体から表示を取り除き、ハーネスをしっかりと握り直して、犬と一緒にコンビニの中へと入っていった。
「なあ、ジョーイ。キノは一体何がしたいんだろう」
「さあ……」
 首を傾げることしかできなかった。
 二人はキノがコンビニから出てくるのを無言で待っていた。
 暫くしてドアが開いた時、キノと犬が猛ダッシュして飛び出してきた。
 そして交差点の角をさっと曲がり、あっという間に二人の視界から消えた。
「おいっ、今、なんか逃げてなかったか? あいつなんかやばいことしたんじゃないだろうな」
 トニーの言葉でジョーイはありえるかもと頷いた。
 二人は顔を合わせたのもつかの間、こうしてはいられないと咄嗟に走り出した。
 駅のホームでビー玉をばら撒いた様に、またドジなことをして逃げたのではと思うと自然と好奇心がうずく。
 ちょうどその頃、パトカーのサイレンの音も聞こえ出した。
 そしてそれは見事にコンビニの前に駐車した。
 パトカーの中から警官二人が素早く出てくると、颯爽とコンビニの中へ駆け込んでいった。
 ジョーイとトニーは恐る恐る外から中の様子を覗きこんだ。
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