第二章
2
パトカーの到着で辺りは騒然となり、そのコンビニは野次馬に囲まれた。
さらに他の警官も現れ、コンビニの前はあれよあれよと警戒態勢となり、騒然としていた。
すぐさま野次馬となったジョーイとトニーは、誰よりも先頭で身を乗り出すが、あっさりと店の前に立って見張っていた警官につき返された。
その時、チラリとレジ附近が垣間見れ、誰かが床にうつぶせに寝転がっているのが見えた。
「一体何が起こってるんだろう。キノが関係しているんだろうか」
好奇心旺盛のトニーは、なんとか状況を把握しようと首を伸ばしたり角度を変えたりと落ち着かない。
「なあ、ここで見ているより、キノを追いかけて直接聞いた方がいいと思わないか。今なら追いつけるかも」
ジョーイが提案すると、トニーもいい考えだとばかりに大きくかぶりを振った。
行動に移そうとした時、コンビニのドアが開いて、二人は思わず振り返る。
警察官に支えられた男が出てきて目を見張った。
身元を隠すためのアイテム──黒いニット帽、サングラス、顔が半分隠れるマスクをつけた、いかにも強盗に来ましたという身なりの男だった。
その男の足のズボンの裾が引き裂かれたように破れて、足を引きずりながら歩いているのも驚きだった。
その男はパトカーの後部座席に詰め込められ、さっさと連れていかれていった。
「おい、あの男の足見たか? あれ、もしかしてあの犬が噛んだ跡なのか」
ジョーイの言いたいことがわかるのかトニーも「盲導犬ってどう猛犬なの?」と語呂合わせのように返していた。
「とにかくキノを探そう」
ジョーイは走り出す。
その後をトニーが追いかけ、二人はキノの足取りを追った。
だが辺りを探しても、キノの姿はどこにもなかった。
トニーはすれ違う人に声を掛け、盲導犬を連れた女の子を見なかったかと訊ねていた。
四つ角、曲がり角、路地も入り組んでいて、どこに行ってしまったのか見当がつかない。
忍者のように閉まりかけた電車のドアをすり抜けたキノ。
あれだけすばしこいと、見つけられなくて当たり前だった。
ジョーイは、またやられたという気持ちを抱く。
行動が突拍子もなく逃げ足が速い。キノは只者ではないとしか思えなかった。
後ろからトニーが呼び止める。
ジョーイが振り返れば、肩をすぼめたジェスチャーを見せた。
「ジョーイ、だめだ、諦めよう。また明日、学校で見つけて聞けばいい。同じ町に住んでるのなら朝、電車で会えるかもしれないしさ」
「そうだな」
ジョーイもコクリと頷いた。
これで堂々と声をかけられる口実ができたと思うと悪くはなかった。
「それより、腹減った。ランチまだだった。もう3時じゃないか。これじゃ夕飯になっちまうな。サクラは今日何を作る予定だ?」
「あっ、そうだ。母さん、さっき出張でニューヨークに行ったんだった。一週間戻らないって」
「えっ、それほんとか」
トニーは意味ありげに白い歯を見せてニタついた。
ジョーイはその裏を読んで、瞬時に釘を刺す。
「おい、パーティも女も禁止だから、あまり露骨に喜ぶな」
「堅いこというなよ。なあ、折角のチャンスだ。ここはちょっと楽しもうぜ」
「絶対にだめだ。変なこと企んでいたら容赦なく出て行ってもらうから」
「ちぇっ、ほんとに堅物だな。というより、母親のいいなりのマザコンか」
なんとでも言えと、ジョーイはプイと横向いてそれ以上何も言わなかった。
トニーはジョーイを怒らすことだけは避けたく、言い返しはしなかったが、ズボンのポケットに手を突っ込んで不満たっぷりに歩いていた。
再びコンビニの前にやってくると、今度はローカルな放送局のロゴがついたテレビカメラを抱えたマスコミが駆けつけていた。
「おっ、早速話題になってるな。今夜のニュースで詳しいことがわかるかもな」
トニーはすでに言い合いしたことを忘れ、気持ちを切り替えていた。
「ああ、そうだな」とジョーイはコンビニの中を見渡しながら歩いていた。
駅前のスーパーの前に来るとジョーイが顎を突き出して一振りし、「中に入るぞと」トニーに知らせる。
ジョーイがカゴを持ち、トニーは家来のようにただ後ろをお供するだけだった。
適当に食べたいものをトニーに見せるが、スマートフォンをいじくって上の空のトニーは、適当に「OK」となんでも軽く相槌をうっていた。
魚売り場に足を運ぶと、生け簀の水槽があり、大小様々な魚が泳いでいた。
小さな男の子がそれを眺め、魚の数を指で追って数えていた。
動き回る魚に手こずり、なかなか満足いくように数えられないでいる。
ジョーイは生け簀をチラッと見て、そして子供の側を通り、さりげなく21匹と呟いた。
男の子はきょとんしてジョーイを振り返るも、その後は怖くなって逃げるように母親の側に走っていった。
一生懸命伝えようとしているが、母親は真面目に相手にせず、商品を選ぶのに気を取られていた。
折角の遊びを邪魔してまずかったかなと、ジョーイは忸怩たる思いだった。
スマートフォンの操作を終え、一段落ついたトニーは、ジョーイに呆れた表情を向けた。
「お前さ、魚の数も数えてないのに、いい加減なこと言って小さな子供をからかうなよ」
「数えたよ。数えたから21匹って答えたんだ」
「あんな一瞬でかよ。うそだ」
「だったら数えてみな。ちゃんと21匹いるから」
トニーは水槽を見つめ、少してこずりながら数えていた。
「あっ、ほんとだ21匹いる」
「だろ?」
「でもこういうの、なんていったっけ。そうそう『まぐろ』!」
ジョーイは首を傾げ、暫く考えて気がついた。
「ばか、それを言うなら『まぐれ』だろ!」
「なんだ自分で認めてるじゃないか。やっぱりそうなんだよ」
どこまでもからかうトニーにジョーイはどうでもよくなり、適当にかわして他の食品に目をやった。
二人は他愛もない会話をしながら買い物を続ける。
最後はレジで清算し、商品を袋に詰めていると、ジョーイはふと視線を感じ辺りを見渡した。
「ジョーイ、どうしたんだ? 知ってる奴でもいたのか?」
「いや、なんか誰かが見ていたような気になった」
「そりゃ、俺がいるもん。皆どうしても見ちまうんだよ。そのうちサインしてとか来ちゃうぜ」
「そうだよな。トニーが居ればどうしても目立っちまうな」
口ではそう言ってみたが、ジョーイにはどうしても監視されている被害妄想が抜けきらなかった。
二人がスーパーを後にして外に出ていく。
その姿を客に紛れて見ている輩が本当にいた。
そしてそいつはスマートフォンを取り出して指先を忙しく動かしていた。