Lost Marbles

第二章


「あーもう腹へった」
 家に着くなりトニーは、居間のソファーに転がりへたり込んだ。
「ジョーイ、早くなんか作ってくれ」
「おい、俺一人にさせる気かよ。自分の分は自分で作れ」
 ジョーイはテーブルの上に買い物袋を置いて、中の物を取り出しては冷蔵庫の中に入れ出した。
 ついでに現金の入った封筒を、キャラクターのついた磁石で冷蔵庫の扉に貼り付ける。
 リモコンでテレビを操作していたトニーは、けだるい声を出した。
「お前の方が料理できるだろ。なんでもいいから作ってくれよ」
「それじゃ片付けはトニーがしろよ」
「イエッサー」

 リビングルームの壁に掛けられた時計を見れば、4時を過ぎている。
 キノのことで頭が一杯で、昼ごはんを忘れていたことが急に思い出され、ジョーイも急に腹の虫が騒ぎ出した。
 頭の中で作りたい物をイメージし、テキパキと行動に移す。
 しゃかしゃかと米をといで炊飯器にしかけ、そして食材を用意する。
 規則正しい間隔で包丁がまな板の上でステップを踏む音が響いた。
 次に熱したフライパンに油を注ぎ、材料を放りこめばジューっという音が心地良く広がる。
 そして香りがほんわかと立ち上った。
 トニーは台所で料理しているジョーイに魅了されていた。
「ジョーイはほんとに器用だよな。何をやらせても上手いよ」
「作って欲しいからってお世辞なんていいよ」
「いや、本気で言ってるんだけど。ジョーイはいつ勉強しているのかわからないのに、成績優秀。記憶力もいいし、ほとんどのことに興味ないくせに知識は豊富でよくいろんなこと知ってるんだよな。クイズ番組でいつも答え先に言うしさ」
 ジョーイは褒められても喜ばず、料理に集中する。
 フライパンを持ち上げ手首を動かすと、材料がきれいに宙に舞っていた。
「トニーだって語学に長けてるじゃないか。日本語だってネイティブと殆ど変わらないし、異文化の生活対応力は素晴らしいよ」
「だって、それは俺は日本が好きだし、日本語勉強したいし、日本の女の子といちゃいちゃしたいから自然とやる気がでてそうなっちまった。だけどジョーイは違う。根っからの秀才というのか、ギフティッドだよ」
 ギフティッド──
 神から与えられた能力、つまり生まれつき備わった特異な才能。
 ジョーイの手元が止まった。
『ジョーイはギフティッド以上の素晴らしい選ばれた人間なんだぞ』
 不意に思い出したいつか父親から言われた言葉。
 暫くその言葉に縛られて動けない。
 おぼろげな過去の記憶が薄っすらと浮かび上がりそうになった時、じりじりとフライパンの上で焦げ付いた煙が漂い、ジョーイははっとして慌ててフライパンを何度も揺らした。
 トニーは空腹で耐え切れずジョーイの側に来て、つまみ食いを試みる。
 あっさりとジョーイに手をはたかれて首をすくめ、退散するように自分の部屋に服を着替えに行った。
 
 ご飯の支度が整い、ダイニングテーブルで二人は「いただきます」と手を合わせる。
 トニーはそのとたんにがっつきはじめた。
「ベリーグッド!」
 素直に喜んで食べるトニーにジョーイも心なしか嬉しかったが、謙遜するように表情に表さず静かに口を動かしていた。
「ジョーイと結婚したら楽だろうな。ジョーイが女性だったら俺、即結婚申し込んじゃう」
「バカ」
「だけど、ジョーイは高校卒業したらどうすんだ。そろそろ進路考えるときだろ。やっぱり大学行くよな。お前ならハーバードも目指せるんじゃないのか」
「まだ何も考えてないよ。目的もなくただ大学で学ぶなんてできるかよ」
「ジョーイはなんでもできるから、後は何がやりたいか早く決めるんだな」
「そういうトニーはどうすんだよ。このまま日本の大学に進むつもりか?」
「そうだな、日本語がいくら話せてもそれプラス何かがなければ就職に結び付けそうもなさそうだし、俺も何を学ぼうか迷う。できたらこの先もずっとジョーイ と共に居たいぜ。なあ一緒の大学いこうか」
「小学生じゃあるまいし、自分の道は自分で切り開け」
「へいへい、ほんとにノリが悪いな。でもそういうとこも含めてジョーイのこと俺は好きだぜ」
 トニーは茶碗と箸を持ちながらウインクを投げかけていた。
 背筋に寒いものが走ったが、それでもジョーイは黙々と食べ続けた。
 だが口には出さないが、トニーは親友と呼べるほどの仲になってるのは自分でも認めていた。

 食事が終わると、トニーは約束通り片付けだし、食器を洗いだした。
 ソファーに座ったジョーイは、テレビのリモコンを掴んで、忙しなくチャンネルを変える。
 コンビニで起こったことがニュースになってないか探し続けていた。
「おい、ジョーイ。落ち着いて一つのニュース番組だけ観ておけよ。それにあの出来事がニュースで取り上げられるとも限らないし」
 トニーの言う通り、素直に一つのチャンネルに絞ってリモコンを置いた。
 片づけを終えたトニーも、ジョーイの隣に腰掛け一息ついた。
「ところでさ、話蒸し返すけど、俺が帰ってきたとき駅で何をしてたんだ?」
 キノの出現で気を取られてすっかり忘れていたが、まだトニーがしつこく覚えている事に呆れてしまった。
 トニーは目つきを光らせて、様子を窺っている。
 逃げられないものを感じながらも、ジョーイはなんとか誤魔化そうとした。
「別に何もしてないよ。買い物しようと駅前まで行ったら、ぼーっと歩いていたから通学の癖で駅までいっちまっただけだ」
「ジョーイらしからぬ行動だな」
「おい、どうしてそんなに俺のこと一々気になるんだ。俺が何しようと勝手だろうが。そう言えばトニーは何かと目を光らせて物事を見ているよな。そう言えば電車の中で席を立った男。あれも気になって何か言おうとしてたけど、何か気になったことでもあったのか?」
「えっ? お、俺そんなこと言ったか?」
 今度はトニーが慌て出し、はぐらかしてきた。
「どうした、目が泳いでるぞ。あの男のことで何かあったのか?」
「いや、別にないけど、なんかかっこつけて気に食わなくてさ、ほら、俺たちを意識してさ、自分も英語話せますって言う挑戦的な態度に見えたんだ」
「そういえば、なんか変に威厳があって、気取ってたように見えた」
「なっ、そうだろ」
 結局お互い聞かれたら困る共通が生まれて、その話はどちらもかき消された。
 ジョーイもトニーも隠し事をされてる確信を持ったまま、何かしっくり来ない表情でお互いを見ていた。
 その時だった。
 聞きなれた町の名前が聞こえ、テレビから見慣れたコンビニの映像が流れてきた。
「あっ!」
 二人とも一瞬にして、画面に釘付けになった。
「……のコンビニエンスストアで強盗未遂事件がありました」
 アナウンサーの読み上げるニュースにに、二人は同時に声をあげた。
「強盗未遂事件!?」
「ニット帽を被り、マスクとサングラスで顔を覆った男がナイフを向け、店員に金を出せと脅しましたが、その時突然犬が入り込み強盗に襲い掛かかるというハ プニングに見舞われました。強盗が犬に襲われてナイフを落としたところ、コンビニの店長が機転をきかして取り押さえ、事件は未遂に終わりました。その時、 店内には従業員、そして客が一人いましたが怪我人はいませんでした。その様子は監視カメラに収められていました」
 テレビの画面では雑なモノクロの映像に切り替わり、レジの斜め上辺りからの角度で強盗の顔と従業員二人の頭が映し出されていた。
 強盗の手にはナイフを握っているのが確認できる。
 突然のことに固まる二人の従業員の姿。
 その時だった。横からあの盲導犬が飛び出して強盗に飛び掛った。
 強盗は押し倒される形で床に倒れたが、カウンターが邪魔になって体が隠れてしまった。
 そして犬が激しく尻尾を振って動き回っている様子がチラリ と見え隠れしながら映っていた。
 ジョーイもトニーも息をのんでそれを見ていた。
 犬が強盗から離れた時、コンビニの従業員がカウンターを飛び越え、強盗を押さえつけているところで、その映像は終わった。
 キノはその映像ではどこにも映ってなかった。
 別のカメラには映っていたのかもしれないが、それは放送されなかった。
「トニー、信じられるか。あの犬、キノが連れてた盲導犬だよな」
「ああ、そうだよな。盲導犬って人襲うんだな」
「違うだろ。問題はそこじゃない。俺が言いたいのはあれが偶然の出来事なのかってことだ」
「そうじゃないのか、だってキノはあの後急いで逃げてたし、強盗とは知らずに人襲ったと思ったんじゃないのか?」
「偶然にしてはできすぎてると思わないか。あの時、キノは強盗がいると分かって犬を連れてコンビニに入ったとしか考えられない」
「おい、おい、考えても見ろよ、キノは女だぜ。ナイフを振りかざした強盗と分かって自ら危ない目に遭いに行こうとするか?」
「じゃあ、どうしてあの時コンビニに入ったんだよ」
「あいつ、電話かけてたじゃないか。あの時、家族から何か買って来てくれって言付かったんじゃないのか。偶然コンビニの前に居たから、それで盲導犬の訓練 中とはいえ、犬を連れて入るには抵抗があって、サングラスをかけて目が不自由なフリをしたんじゃないだろうか。そしたら強盗がナイフ持ってたから、犬が ビックリして襲ってしまった。光るものを見たら興奮する犬もいるし、キノはやばいと思って、犬が戻ってきた時にダッシュで逃げた」
 ジョーイはトニーの推測に納得できなかった。
 それには詩織が言っていた痴漢の撃退の話を聞いていたからだった。
 あの時、詩織は計算された行動だといっていた。
 キノも否定したし、彼女のドジそうな冴えない風貌のせいでジョーイも勘違いされていたと思ったが、この事件を見ればやはり計算されていたように思えてならない。
 キノは強盗と知っていて自ら犬をけしかけたに違いない。
 それがジョーイの見解だった。
 そしてストーカーに追いかけられて煙に巻いたときも、見事にスマートなやり口だった。
「あいつ、只者じゃない」
 ジョーイの脳裏にはしっかりとキノの存在が植え付けられた。 
inserted by FC2 system