Lost Marbles

第三章


 このときもどうせ食べに外へ出るのならと、ジョーイは駅前のファミリーレストランを選んだ。
 キノがまた現れるのではないかと期待しての事だった。
 二人は窓際の席に案内される。
 トニーはウエイトレスに愛嬌を振りまき、早速お得意の日本語の話術でウエイトレスの心を掴んでいた。
 その間、ジョーイは窓の外を眺める。
 内側の明るさで暗い外は見えにくいが、向かいの建物や街灯の明かりがあるところは人が歩いている姿が見えた。
 女性が歩く度、キノじゃないだろうかと目を凝らして見ていた。
 ウエイトレスが去った後、トニーはメニューを広げ何を食べようか思案していた。
「おい、ジョーイ何食べるか決めたのか?」
「うん、俺、今日のお勧めのこれでいいや。決めるの面倒くさい」
 お勧めとしてピックアップされていたメニューの写真を指差した。
「そうだな、俺もそうしようかな。ところでさ、なんでさっきから外ばっかり見てんだ。まさかまだキノのこと気になってるのか。お前もしかして惚れたとか?」
「ま、まさか。そんなことある訳ないだろう。だけど気になるのは確かだ」
 少し自分でも予想外に慌ててしまったが、下手に否定するより気になる部分は素直に認めることにした。
 いちいちトニーにからかわれないようにする防御策でもあった。
 トニーがどう反応するかジョーイはちらりと様子を見る。
「へー、ジョーイが女を気にする。珍しいな。でもキノは確かに不可解なところがある。ミステリアスな存在だよな。しかし理由があって素性を隠そうとしているとしても、一体どういう理由があるというのだろう」
 それが自分に関係しているかもしれない。
 ジョーイはトニーの指摘にドキッとしてしまった。
 それをごまかすためにグラスを口元に持って水を飲んだ。
 二人は適当に注文し、適当に食べ、そして適当に話す。
「そういえば、英会話ボランティアどうだったんだ」
 ジョーイは口元をナプキンで拭いながら聞いた。
「ああ、今日は顔合わせの自己紹介で終わった。てっきり女の子たちだけかと思ったら男も結構いてさ、ちょっとやる気なくした」
「そんで断るのか?」
「うーん、眞子ちゃんは大人の魅力があってちょっとセクシーだったんだ。だから先生目当てでがんばってみる」
「一体何しにいくんだ」
「そのうちジョーイも一緒に行こうぜ。連れて来るって眞子ちゃんに約束したし」
「勝手に決めるな」

 その時、トニーの後ろのテーブルに、仕事帰りの4人の女性が案内されてきた。
 トニーは側を通った女性たちに愛想良く「ハーイ」と挨拶する。
 女性は声を掛けられて嬉しかったが、慣れてないので恥ずかしげに対応していた。
 4人はトニーの風貌からインスパイアーされて、お喋りは英語や海外の映画スターについて飛び交っていた。
 トニーとジョーイが黙々と食べていると、知らずと彼女たちの会話がラジオのように流れてきた。
 二人は勝手に耳に入ってくるのでどうしようもなく聞いていた。
「そうそうあの映画に出てくる騎士もかっこいいけど、チョイ役だったあの妖精の女の子もかわいかったよね」
「ミラ・カールトンでしょ。出番少なかったけど目立ってたよね」
「あの子一回台本読むだけで全ての台詞を覚えるんだって。何でも言葉も何ヶ国語も話せるって聞いたことある」
「絶対これからブレイクするよね。まだ15、6歳だし」
「それからさ…… 」
 トニーはかわいいと聞いただけでどんな女優なのか見たくてうずうずしていた。
 ジョーイに体を近づけて小声で話す。
「なあ、ミラ・カールトンって聞いたことあるか。俺、話し聞いて興味もっちゃった」
 「はいはい」と適当に返事をしてジョーイは全てを食べきった。
 そして窓の外をぼんやりと眺めていた。
 結局この日、キノに会うことはなかった。

 前日のコンビニで起こったことを直接本人から聞きたかったが、店長の話を聞く限り、やはりキノは企んでやったことが裏付けられた。
 詩織から聞いた話も合わせれば、自ら危ないことに首を突っ込んでまで困った人を見たら放って置けない性格なのかもしれない。
 ただ、目立たぬように外見を地味にしているのは、なぜなのだろう。
 そしてジョーイの前で転がったビー玉の意味。
 もしそれが意図されたことなら、ジョーイにしか分からないメッセージを突きつけた。
 それはすなわち、キノがアスカだということ。
 訳があって名乗り出られないので、何かを伝えようとしているんじゃないか。
 ジョーイにはもうそれしか考えられなかった。
 ──じゃあ、キノがアスカなら、俺はどうしたいんだ!?
 突然、電流を浴びたように体がビリビリといきり立つ。
「ジョーイ! 何を突然立ち上がってるんだ。びっくりするじゃないか」
「あっ、いや、早く帰りたいなってつい思って」
 自分の行動を誤魔化すが、ジョーイ自身うろたえていた。
「分かったよ。ほれ」
 トニーは勘定をテーブルの上で滑らせてジョーイに近づけた。
「はいはい。払ってきますよ」
 ジョーイは課せられた義務のように請求書を握ると、レジの前に向かった。

 トニーは口元をナプキンで拭き、満腹になったとふーっと息を漏らす。
 不意に窓の外を見ればラブラドールの犬が目に入り、さらにその隣に黒ぶちメガネを掛けた女の子がいたので、慌てて立ち上がりジョーイの元へ駆けつけた。
 ジョーイは一万円札を出しているところだった。
 そこにトニーが「キノがいた」と言ったものだから、咄嗟に出口に体が動いた。
「ちょっと、お客さん、お釣り、お釣り!」
 ジョーイはあたふたとレジに戻り、鷲づかみにするようにお札を握るが、いくらかの小銭は飛び散ってしまった。
 構ってられるかとそのまま飛び出してしまった。
「トニー、キノはどっちへ行った」
「あっちに犬と一緒に歩いていった」
 しかしその方向を見れば疾うにその姿はなかった。
 それでも二人は付近を捜す。
「絶対キノはこの近くにいるはずだ。駅前のマンションに住んでるらしいんだ」
 ジョーイはせわしなく辺りをキョロキョロしていた。
 キノに反応してこんなにも我を忘れているジョーイを見たことがないと、トニーは笑みを浮かべながら驚いていた。
「ジョーイ、やっとお前も高校生らしく熱くなったな。なんか嬉しいよ」
「えっ?」
 ジョーイは急にしぼんだ風船のように勢いをなくしてその場で立ち止まった。
 猫背のように体を前に屈めながら呆然としてしまった。
「どうした、ジョーイ?」
「俺、俺……」
「はっ、俺俺詐欺か?」
「帰るわ……」
「どうしたんだ。さっきまでの情熱はどこへ行った」
 ジョーイは向きを変え、力なく歩いていく。
「仕方がないな。ちょっと慣れないことして俺がそこを指摘したからって怒るなよ」
 トニーは後ろから、ジョーイの頭をくしゃくしゃとつぶすように髪を掻き回してからかった。
 ジョーイは気分を害した訳ではなかった。
 あることに気がついてしまった。
 それは自分でもびっくりする感情。
 アスカに会いたい。
 そしてアスカが恋しいと。
(あの時、俺はアスカを失って、知らずと幻だったと思い込もうとして自分を抑えていた。感情を外に出す事を拒んだ。怖かったんだ。失くしたものが何であったか気づきたくなかったんだ)
 ジョーイはぎゅっと二つの拳を握っていた。

「クーン」
「ノー、クワイエット! シー」
 キノが犬に向かってひとさし指を口元にあてていた。
 少し離れた大型電気店の中から顔を出して、ジョーイ達の様子を伺っている。
「よっ、キノちゃん。今日もツクモのトレーニングかい」
 人のよさそうな、ふくよかなおじさんが店の奥からやってきた。
「あっ、店長。いつもお世話になってます」
「いいんだよ。盲導犬の訓練にうちの店にいつでもつれてきな。歓迎だよ。だけどそういえば、昨日この近くのコンビニで強盗未遂事件があってその時の映像みたけどなんかツクモに似てたな」
 電気店の店長は腕を組んで不思議そうにツクモをじっと見る。
「いやだ〜。私もそれ見ましたけど、あれはツクモじゃないですよ。こんな大人しいツクモが人を襲ったりする訳ないじゃないですか。人違いならぬ、犬違いですよ」
「そうだよな。こういう犬よくいるもんな。それにツクモはこんなに大人しいから人なんて噛まないよな。第一盲導犬だし」
 ツクモと呼ばれた犬は、はちきれんばかりに尻尾を振って愛嬌を振りまいていた。
 キノはジョーイたちの姿がすっかり見えなくなったのを確認してから、店長に挨拶をしてその場を去った。
「ツクモ、なんか派手にやっちゃったね。あの二人も私を探してるみたいだったし。ねぇ、これからどうする」
 ツクモは首を傾げて哀れんだ目をキノに向けた。

 そして家に戻ったジョーイとトニーはネットでミラ・カールトンを検索して大声を上げていた。
「ええっ! う、嘘だろ……」
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