第四章 秘密、真相、謎解き
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「これどういうことだよ」
家に戻ってくるなり、ダイニングテーブルの上にノートパソコンを置いて検索をかけたトニーが、答えを知りたいとばかりに声を荒げた。
そこには驚く結果が出ていた。
トニーが、コンピューター画面に人差し指を向けて目をぱちくりさせている。
ミラ・カールトンという名前で検索したとき出てきた画像は二人も知っている人物だった。
「どうしてキノの顔が出てくるんだ」
ジョーイが何度も目をしばたたいている。
ミラ・カールトンはあまりにもキノに似ていた。
似ているどころか、瓜二つも通り過ごして同一人物に見えた。
「おい、俺たちすごい秘密を知ってしまったんじゃないのか」
トニーが分かったとばかりに得意げになる。
「なぜ、キノは地味な風貌にならなければならなかったのか。その理由はこれだったんだよ。駆け出しのハリウッド女優で、その正体を隠してお忍びで日本へ留学に来ていた」
「まさか」とジョーイはまだ信じられない。
「これで謎が解けるじゃないか。自分の真の姿を隠すクラーク・ケントだと言ったのはジョーイだぞ」
「でもさ、ミラ・カールトンっていくらキノと瓜二つといっても、ブロンドで青い目で、全くの白人じゃないか。キノはダークな赤茶色髪だし、目の色だって明るい茶色だったぞ」
「そんなもん、いくらでも変えられる。髪を染めることも、色つきのコンタクトレンズつけることも、なんとでもできる」
「でもキノはアジア系の血が入ってる感じの顔だぞ」
「だったら、ミラ・カールトンが修正入れた顔なんじゃないのか。映画の世界だぞ、特殊メークのプロがいつも側についているところだ。こんな顔立ちも化粧で
簡単に作れるだろう。青い目のコンタクトを入れればアジア人でも白人みたいに見えるじゃないか。まあその反対もありだろうし。そんなのどっちでもいいや」
トニーは興奮していた。まだ駆け出しとはいえ、映画に出たハリウッドの女優がすぐ側にいる。
何かとワクワクするようだった。
ジョーイはまだ慎重だった。
キノはアスカだとほぼ固まりつつあったところに予想もつかない展開になってしまい、がっかりとしてしまう。
アスカがこっそりと自分に会いに来てくれたと勝手に想像していたことが馬鹿らしく、そして誰にこの話を漏らしたわけでもなく羞恥心を感じてしまった。
折角やっと気がついた気持ちも宙ぶらりん。
(俺はキノを通してアスカを感じたかっただけか)
このとき、詩織に言われた言葉を思い出した。
『人は気になる過去の記憶をすり替えようと今の状況に置き換えて解決したいって思うことってないかな』
詩織が自分の妹、アスカをキノに例えたとき、ジョーイは思いっきり否定したくせに、自分はそれを棚にあげて過去の記憶を現在に摩り替えようとしていた。
そうすることが本当に楽だった。
だが、キノはアスカではない。
(俺はアスカの幻影を追い求めすぎていたって訳か)
なんとも情けない、眉毛が浮いたような表情でふーっと鼻から息が漏れた。
次の日、トニーは一層キノの姿を探した。
朝の通学で、キョロキョロしすぎて不審人物になっていた。
「ちょっとは落ち着けよ、トニー」
「これが落ち着いてられるか」
「でも、彼女にしてみたら気づかれたくないことなんじゃないのか。だったら知らないフリをしてやるのが一番だと思うんだけど」
「その前にちゃんとした友達になっておきたいんだよ。知り合いにハリウッド女優なんて滅多にないチャンスだぜ」
下心丸出しのトニーにジョーイは呆れる。
しかし、この日もキノに会うことはなかった。
ちゃんと学校に行っているのかさえわからない。
そして放課後、トニーはまた英会話ボランティアへ向かい、ジョーイは無理やり引っ張られていきそうになるところを、寸前でかわして走って逃げた。
何が楽しくて人の手伝いをしなくてはならない。
ズボンのポケットに手を入れ、下校する生徒に紛れて、不満な顔つきでふてぶてしく歩いていた。
「あの、ジョーイさん」
校門を出ようとしていたとき後ろから声を掛けられる。
振り向けば、リルがいた。
気を遣うのも話すのも億劫で、愛想がない顔を向けたが、リルの方がそれ以上の仏頂面だったように思えた。
あれが人に声を掛ける顔かと思いつつ、自分もこれが人に声を掛けられて応える顔かといい勝負だった。
さすがなんとなく同じような雰囲気を持つ自分達──。
「やあ、何か用か?」
「これ、どうぞ」
リルは黄色い網にいくつも入ったビー玉をジョーイの目の前に差し出した。
ジョーイは暫くぼーっとしていた。
「ビー玉探してたんでしょ。家の近所に百均の店があったから、ついでだったし買ってきた」
「えっ、俺に?」
リルは頷き、さらにジョーイに接近する。そして拳骨を突き出すように力強くビー玉を差し出した。
ジョーイは受け取れと脅迫に似たものを感じ、それを恐々手にした。
「ありがと。そうだ、金払わなくっちゃな。もちろん消費税もつけたして」
「とても細かいんですね。でも、いらない。私からのプレゼント。その代わり、一緒に帰ろう」
「……ああ」
先に物を貰うと断れない。
リルに圧倒される形でジョーイは肩を並べて歩く羽目になった。
お互い暗く、話も弾むこともなく、足並みだけは揃う。
「私、変でしょ」
リルが唐突に話し出した。。
そう思っていてもジョーイはハイと返事できず、曖昧に声を濁らしたような息を吐き出した。
リルはそれでも表情を変えずに話し続ける。
「私、昔はちゃんと笑える子だったんだよ。近所にね、私のことアスカって呼ぶお兄ちゃんがいて、それが私の本当の名前だと思っていたみたい」
ジョーイはただ聞いていた。
アスカという響きが脳裏の中の何かに触れながら、耳だけは研ぎ澄まされていた。
「そのお兄ちゃん、とても優しかった。私、風貌がこんなんでしょ。同じ年頃の女の子って目ざとくそういうところ突付くんだよね。それで友達いなかったから、お兄ちゃんが仲良くしてくれてすごく嬉しかった」
ジョーイの頭の中ではいつしか自分とアスカに置き換えて聞いていた。
アスカと過ごした時間が映像となって目の前に現れていた。
「だけどそのお兄ちゃん、いなくなっちゃった。自分でも何が起こったかよく覚えてないけど、気がついたとき自分は病院にいたの。ミイラみたいに包帯ぐるぐる巻きで。後で聞いたら、そのとき建物に小型飛行機が墜落して、家がどーんって爆発したみたいに焼け焦げたんだって」
ジョーイは眉間に皺を寄せた。
何かが被る。
「お兄ちゃんもその時私の側にいたはずなんだけど、それ以来姿を見ることはなかった。子供心ながらとてもショックで一時期話すこともできなくて、その間に英語も忘れちゃった」
「あのさ、それってどこで起こったんだ?」
「アメリカ」
「えっ」
「私のお父さん、日本人だけど留学していて、そこでお母さんに出会ったの。最初はアメリカで住んでいたんだけど、暫くして日本に移住してきたの。お陰で日
本語はなんとかしゃべれるようになったけど、英語はすっかり抜けてしまった。だけど、私が日本人離れした顔だから、それだけで英語が喋れて当たり前って思
われて、それで話せないと分かると、馬鹿にされたりした。また欧米の顔でもないでしょ。なんか蔑んで見られたり」
ジョーイはまたこんがらがってきた。
リルの話がところどころ自分の過去と重なる。
アメリカのどの州にいたのか聞こうとしたが、リルはまだ話し続けていた。