第七章 見えてきた変化
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「さてと、今日はいろんなこと聞かなくっちゃ」
白衣の袖を捲り上げるしぐさをすると、早川真須美は少し意地悪っぽい笑みを浮かべて、簡易ベッドの上で横になっているジョーイを見下ろした。
ジョーイは根掘り葉掘り聞かれる覚悟をしていたが、どうも早川真須美は仕事の域を超えて、興味で動いているように思えてならない。
「先生、これも治療の一環ですよね」
「もちろん! といいたけど、ジョーイの場合特別な患者さんだから、色々と好奇心もうずくわね。特にあのリルちゃんって女の子との関係は知りたいわ」
「だから、それはただの友達で、あの時は偶然に出会っただけだってば」
偶然に出会ったと言ってみたものの、リルをあそこに向かわせた奴は確かに存在する。
ジョーイは、改めて不可解になってきた。
ジョーイが夜桜祭りに呼び出され、チンピラに絡まれたのは誰かによって意図的に計画されたと確信を持って言い切れる。
その主犯者がギーということは分かっているが、リルはまた違う存在の者から呼び出されていた可能性が高い。その証拠に、ギーは計画が狂ったと言っていた。
だが、それの持つ意味や目的がわからない。
一体何が起こっているのだろうか。
その一瞬の心のわだかまりを持ったジョーイの表情を、早川真須美は見逃さなかった。
「ねぇ、正直に答えて。最近何か変わったことがなかった? 過去のことを含めて、それを呼び起こさせる出来事、または何かそういう関係ある人物との接触があったとか」
さすがに鋭い指摘に、ポーカーフェイスが得意のジョーイも心が乱された。
キノが駅でビー玉を転がした場面に遭遇してから、確かに過去の記憶が呼び起こされた。
自分も転がったビー玉になったようにずっと転がり続け、何かに触れると次の仕掛けが作動するようにスイッチが入り、新たな事に繋がっていく。
めまぐるしく自分の周りが変化している。
そしてギーというFBI捜査官との接触から、急激に危険が伴うようなことまで発展してしまった。
これが一体何を意味しているのか、ジョーイ自身困惑しているが、それを正直に早川真須美に言う気分になれなかった。
早川真須美が信用置けないというのではなく、自分で解決しなければならない使命感とでも言うべき感情が湧いていた。
「ジョーイ。何か隠しているでしょ。私に嘘をついてもだめよ」
早川真須美の目が一層細まり厳しくなった。
「先生、別に嘘をつくつもりはありません。ただ今はまだ自分でもはっきりしないだけで、何を話していいのかわからない。確かに何か変わったって感じるけど、俺が話したくなるまで待って欲しい」
「ジョーイ、それじゃ私の仕事にならないじゃない。ここに来る意味がなくなっちゃうわよ」
「俺だって、こういうことは最初から続けたくはなかった。でも母親がうるさくて、無理に通ってるだけに過ぎない。俺は別に今のままでもいいと思っている。普通と違ってももう平気だ。見かけも充分普通じゃないしね」
「そこまで頑なに言われたら仕方ないわね。でもジョーイ、普通と違うって事に本当に平気なのね」
早川真須美は一番大事なことのようにその部分を繰り返した。
「はい。それは俺の個性として受け止めるようにします。このふてぶてしさも生意気さも俺なんですよ」
「そうね。だけど、確かにジョーイには変化が見られる。何かが起こったんだろうけど、職業柄その原因を私は知りたいんだけどな。ヒントプリーズ」
「先生、なんですかそれ」
「だって、精神科医を飛び越えて、勝手に答え見つけられたら癪じゃない」
あまりにも子供っぽい答え方をする早川真須美に、ジョーイは呆れてしまった。
早川真須美は真相を突き止めたくて隙を窺いながらも、他愛もない雑談を進めるが、結局時間切れでこの日のカウンセリングは終わった。
仕方がないと早川真須美は諦めるが、ジョーイが部屋を出たところでやはり電話を掛け、誰かへの報告は怠らなかった。
早川真須美もジョーイに対して何かを探るような部分を持っている。
ジョーイはまだそのことに関しては気がついていなかった。
その後クリニックを去り、ジョーイは普段と違う気分に包まれたまま色々振り返りながら歩いていた。
思い出せば思い出すほど、状況がややこしく順序だてて考えられなかったが、重要なことは何かと箇条書きにすれば、一つはキノと会う約束、もう一つはトニーとの喧嘩、最後にギーから出された問題のことに重点が置かれる。
「まずはこれからキノに会うことだ。後はそのときでいい」
ジョーイの頭の中はキノのことで一杯になっていた。