Lost Marbles

第七章


 駅に着いたとき、腕時計を確認すれば、12時半を過ぎたところだった。
 一時からの試合には充分余裕で間に合う。
 ジョーイは試合が行われる花園小学校に向かった。気持ちがなんとなく浮ついていた。
 キノに誘われて、自分でもウキウキしているのは感じていた。
 昼食をとるのも忘れ、お腹がグーッと鳴ってもお構いなしだった。
 寧ろ胸が一杯で、何かが詰まってきゅっと締め付けられる。
 それがドキドキとして悪くないのが不思議だった。
 花園小学校の運動場が見えると、ユニフォームを着たちびっ子たちが目につく。
 保護者や地元の人たちも集まってグランドの周りを陣取っていた。
 そこに交じって大型犬が大人しく座っている。その隣には黒縁眼鏡をかけたキノが立っていた。
 ジーンズを穿き、体にぴったりとするピンクの長袖のTシャツと、その上にもう一枚お洒落なアウターで重ね着していた。
 アメリカンカジュアルらしく、それを着こなしているキノはかわいらしかったが、最初に抱いた消極的なイメージからは程遠く活発な女の子に見えた。
 そんなキノの側に早く行きたいと、ジョーイの足は自然と早まっていた。
「よっ、キノ」
「あっ、ジョーイ。来てくれたんだ」
 お互い照れた挨拶を交わしていると、ツクモが「クゥーン」と鼻を鳴らし、尻尾を振りながらジョーイに纏わりついてきた。
「ツクモだったな。初めまして」
 ジョーイが挨拶すると、ツクモは腰を下ろして座り込み「ワン」と一回吼えて挨拶を返す。
「コイツなかなか礼儀正しいじゃないか。かわいいな」
 ジョーイは優しく頭を撫ぜた。
 ツクモは満足そうにジョーイを見つめながら、尻尾を忙しく振っていた。
「ツクモ、ジョーイのこと気に入ったみたいだね」
 犬を撫でているジョーイの姿を見つめながら、キノもニコッとして呟いた。
 犬が居るお陰で、ジョーイもキノもなんとか側に居られるという雰囲気だった。内心この後、どのように過ごせばいいのかわからない。
 まだ恥らった気持ちがお互い抜けないでいた。
 暫くはツクモをダシにして、間を取り繕ってしまう。
 そのツクモが急によそ見をしたので、ジョーイも視線を向けると、ユニフォームを着た男の子がこっちに向かって走って来るのが目に入った。
「おーい、キノ!」
「聡君」
 聡が近づくとツクモも立ち上がり、聡の側に寄って思いっきり尻尾を振って歓迎していた。
 聡は挨拶代わりに、ツクモの首あたりを両手で掴むように撫ぜている。
 その時ジョーイは、確かにこの男の子に「バーカ」といわれたと思いながらじろじろと見ていた。
「今日は絶対キノのためにホームラン打つからな」
 聡はかっこつけて言い切った。
(キノのために…… っておいおい)
 子供ながら大胆に発言する聡に、ジョーイはませてると冷めた目つきになってしまう。
 聡は視線を感じて負けずにジョーイを睨み返していた。
「ねぇ、この人誰?」
「同じ学校に通ってる人」
 キノがもじもじと答えると、益々面白くないと聡の目つきが険しくなった。
 以前バカと罵ったことは全く覚えてなさそうだった。
 だがその発言にふさわしく、聡はやんちゃでどこか生意気そうな雰囲気が漂う。
「ふーん、なんか気にいらねぇ」
 子供らしいといえばそれまでだが、どこかライバル意識をもったピリピリとしたものも伝わってくる。
 ジョーイも生意気なふてぶてしさではいい勝負だと、聡を見て粋がったように口元の端を片方上げて応えていた。
「ジョーイだ。よろしくな」
 一応挨拶をしてみたが、聡はふんと首を横にフリ無視をした。
 益々かわいくない奴だと思ってみたが、どこかで見たような光景にジョーイは鏡を見ているような気分になった。
「俺、絶対頑張るからな。キノから教わったこと全部やってみる」
「うん。頑張ってね。ツクモも応援してるからね」
 ツクモも一緒になって「ワン」と一回吼えると、聡はまたツクモの頭を撫ぜた。
「ツクモ、お前ほんとに変な名前付けられたよな」
 ツクモが聡に前足を出して飛びつき、聡の顔を舐め始める。
「ツクモ、わかったよ。そうだよな、いい名前だよな」
「聡君、そろそろ試合始まるよ」
「うん、そろそろ行かなくっちゃ。だけどさ、キノ。なんで今日はそんな変な眼鏡掛けてるんだ?」
「えっ?」
 驚いた声を出したのはジョーイだった。
 キノが聡の指摘にあたふたしていると「聡! 早く来いよ!」と遠くから呼ばれ、聡は慌てて走っていった。
 ジョーイは聡が言った言葉が耳に引っかかり、キノの眼鏡をじっと見つめた。
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