第八章
3
キノと別れ、家に戻ってきたジョーイは、玄関ドアの前で少し戸惑っていた。
前夜は仲直りできずに、トニーはそのまま寝てしまい、朝も結局は顔を合わさずに家を出てきた。
このときトニーと顔を合わせたら、どうしていいのかわからない。
ぎこちない態度を取るのも嫌で、家に入るのを躊躇している。
一番良い対策は何かと考えたら、自分が謝ることだった。
そんな事を思いつくのも、キノと会って素直に感情を表すことの気持ちよさを味わったからかもしれない。
普段のジョーイならとことん意地を張り、仏頂面まっしぐらだったことだろう。
キノと過ごした事で、心はほぐされていた。
ジョーイは覚悟を決めて、鍵を突っ込み、勢い良く回す。
ドアノブに手をかけ、ゆっくり回した後は、息を止めて力強く引っ張った。
「ただいま」
二階にも届く声で叫んでみたが、家の中は静まり返っている。
自分の声だけが虚しく響いた。
足元を見れば、トニーのスニーカーがない。
「なんだ、あいつ出かけているのか」
折角謝る覚悟を決めて、力んだ事が無駄に終わってしまい、脱力するも、自分自身がおかしくなって、笑ってしまった。
力まなくても、素直に謝ればいい。
自分が悪かったと認めるだけなのだから。
「夕食でも作って待ってみるか」
ジョーイは台所に入り、冷蔵庫を開けた。
何が作れるのか考えているうち、母親の苦労を感じていた。
「毎日の食事作りも大変だ。母さんも仕事しながら良くやってくれてるもんだ」
ぶつぶつ独り言を良いながら、夕飯の支度に取り掛かった。
冷蔵庫が底をついてきて、大したものが作れなかったが、あまり物を寄せ集め、形なりに本日の夕飯が出来上がる。
時計を見れば6時を過ぎていた。
「トニーの奴、どこへ行ったんだ」
早くすっきりとしたくて、仲直りすることが気がかりでたまらなかった。
しかし待てども待てどもトニーは帰ってこない。
時刻は8時を過ぎ、ジョーイの作った夕食もすっかり冷めていた。
突然電話が鳴り、トニーからだと思い、ジョーイは急いで受話器を取った。
だが聞こえてきた声にジョーイは顔を歪ませた。
「(ジョーイ、元気か)」
「(ギー、何の用だ)」
「(あのさ、俺の存在とか、大豆のこととかもう忘れたのか?)」
「(今はそれどころじゃない)」
「(おい、そうあっさりと返すなよ。まあ所詮お前には難しすぎた問題なんだろう?)」
「(色んな事が身の回りで起こり過ぎて、一度に考えられなくなっただけだ。難しいという前にまだ何も考えてなかっただけだ)」
「(まあ、そうムキにならなくてもいい。それじゃもう一つヒントをやろう。その色んな事だが、全てを辿れば一つになるということだ)」
「(だから一体お前は俺にそんなヒントを与えて何がしたいんだ)」
「(俺は真実を知りたいだけだ。お前の父親が何をやっていたのかってことだ)」
「(俺の父親? どういうことだ)」
「(後は自分で考えな)」
電話はそこでブツリと切れた。
どこまでもしつこく付きまとい、曖昧な言葉を残してもったいぶるギーが鬱陶しいとばかりに、受話器に向かって悪態をついていた。
しかしそれも無駄なあがきだった。
「今度は父親のことかよ」
だが、ジョーイはどこか父親のことを考えないように生きてきたために、何をやっていたかと聞かれて何も知らなかった。
母親のサクラが離婚をした後、子供心ながら父親のことは言ってはいけないと思い込んでいた。
そしてあの爆発が起こってからは、一層ジョーイは心を閉ざし、辛い想い出から逃れるように極力考えないようにしてきた。
やがて記憶は曖昧になり、断片的にしか思い出せなくなった。
その記憶もどこまで正確なのか、それすらはっきりしない。
「ギーの奴、自分の知っている全てのことを俺に話せばいいだけじゃないか。大豆やら父親やら、一体何があるというんだ。俺の父親は豆腐でも作ってたのかよ」
なんだか苛ついてきてしまった。
そんなときにトニーが帰ってきた。
ドアが開いた音を察するとジョーイは玄関に走り寄った。