Lost Marbles

第八章


 通勤、通学の人ごみに紛れ、ジョーイとトニーはシンクロナイズで大きなあくびをして、目じりをぬらしていた。
 駅のホームで電車を待つ人々が、ぼやけて見える。
 ジョーイが目を擦り、だらけ切っていた時、後ろで「おはよう」と声を掛けるものが現れた。
 二人が同時に振り向くと、そこにはキノが立っていた。
「キ、キノ!」
 あまりの驚きにジョーイの声が裏返る。
 トニーも隣で驚きつつも、すぐさまニヤリとしていた。
「おい、ジョーイ、昨晩言ったこと忘れるなよ」
 トニーが肘でジョーイを突いた。
「忘れるも何も、まだ心の準備が」
 ジョーイの慌てぶりにトニーは笑っていた。
 ジョーイは照れながらキノと向き合う。
 その純情であどけないジョーイの瞳をキノは目を逸らさず受け止めた。
 トニーはそれをいい雰囲気だと思い、二人の邪魔をしないようにそっと背を向けた。
 
 電車が入ってくると、周りはそわそわと蠢く。
 扉が開いても降りる人は少なく、ホームにいた人々は狭い箱の中へと自ら詰め込んでいった。
 ジョーイとキノは人の波に流されるまま密着し、距離が縮まり過ぎてぎこちない。
 どうしていいのかわからぬままドキドキするも、取り繕った愛想笑いでお互い見つめ合った。
 トニーは二人の初々しい姿に思わず笑みを浮かべ、見て見ないフリをした。
 その後、学校の最寄の駅に着いたとき、空気を読んだトニーはさりげなく二人から遠ざかった。
「ジョーイ、俺、先に行く。また教室でな」
 意味ありげにジョーイに向かって粋な笑みを飛ばし、ジョーイの返事も待たず、すぐさま走り去った。
 トニーの気遣いは充分ジョーイに伝わり、ジョーイは妙に照れくさかった。
「トニーの後を追いかけなくてもいいの?」
「あいつ気を遣ったんだよ」
「えっ?」
 少し遅れてキノも照れくさくなっていた。

 二人は気がつかなかったが、周りに居た女生徒たちはこそこそ何かを話しながら二人を見ていた。
 ジョーイは学校では知られた存在であり、女生徒の憧れの対象となっている。
 女性に興味のない、いつもクールな表情のジョーイが、どこかぎこちなく照れて歩いている姿は、その日のニュースになりそうなくらい注目を浴びていた。
 憧れていた女生徒達が穏やかに居られるはずがなかった。
 しかし、彼女達はどうすることもできず、ジョーイの隣に居るキノに羨望の眼差しを向けていた。
 でも一人だけ、果敢に立ち向かうように堂々と入り込む輩がいた。
「ジョーイ、おはよう」
 ジョーイとキノの間に割り込むようにリルが入って来た。
 リルはキノを一睨みする。
 邪魔が入ったことにジョーイは穏やかではなくなったが、邪険にもできなかった。
「おはよう、リル」
「ジョーイ、どうしてキノと一緒に歩いているの?」
「どうしてって、偶然電車で一緒になったからさ。別に俺が誰と一緒に歩こうがいいじゃないか」
「いい事ない!」
「お、おい、リル」
 叫んだ声の大きさにも驚いたが、思いっきり否定の言葉が返ってきてジョーイはひるんでいた。
「ジョーイを取られたくない」
 リルはきつい目をキノに向けた。あからさまに嫉妬心をむき出しにするリルに、ジョーイは言葉を失ってしまう。
 しかし、キノはリルの感情にあたかも楽しむように笑って答えていた。
「リル、ジョーイが好きなのね。はっきりと自分の感情を表せるあなたが羨ましい」
 キノは落ち着いていたが、何かをふっきりたいかのようにいきなり眼鏡を外し、そしてリルを見つめた。
「それじゃ私も言っちゃおうかな。ジョーイが大好きって」
 キノが言った言葉はリルだけじゃなくジョーイをも驚かせた。
 そしてキノとリルは引けを取らずに向き合った。
 二人はバチバチと火花を散らせ合う。
「お、おい。ちょっとなんだこの状況は。俺をからかって遊んでいるのか!?」
 とんでもない展開になったとジョーイは慌てていた。
 リルは刺激されてまた大胆な行動に走り、ジョーイの腕を取りしがみ付いた。
 キノはそれを面白がり、ジョーイの反対側に回り込んで同じように腕を取って抱きしめた。
 ジョーイは二人の女の子に両腕を取られながら学校の門をくぐることになってしまった。
「おい、二人とも一体どうしたんだ」
 リルが仏頂面で競り合うのに対し、キノはあたかも楽しいとばかりにはしゃいでいた。
 だが目の前にシアーズが現れると、キノはジョーイの腕を解き放した。
「グッモーニン、エブリワン」
 シアーズが静かに挨拶をし、冷めた目つきでちらりとキノを見つめてからジョーイに視線を投げかける。
「(ジョーイ、珍しく青春か?)」
 普段ならきっと「放っておいてくれ」と憎まれ口を叩いただろうが、ジョーイは「まあな」と曖昧に返事をしていた。
 シアーズもこれには驚いたのか、眉を少しピクリとあげた。
「(そっか、まあほどほどにな)」
 そういい残して他の生徒に目を向け挨拶をしていた。
 キノはシアーズを気にしながら葛藤していたが、それを振り払いジョーイに微笑んだ。
「ジョーイ、それじゃまた後でね」
 先にキノは走って去っていった。
 リルは不機嫌にキノを気に入らないと見つめていた。
「おいリル、いい加減に手を離せ」
 リルは渋々とそれに従った。
「ねぇ、ジョーイ、どこにもいかないで」
「俺、一体どこに行くんだよ。リル、言っておくが、俺はお前の知っているお兄ちゃんじゃないし、その代わりもできない」
 ジョーイは自分で言った言葉に突然はっとした。
(俺もキノに何を求めているんだ。俺も結局はキノをアスカという存在を通して見ているに過ぎないんじゃないのか)
 この気持ちをキノにぶつけていいものなのか、突然心に迷いが生じてしまう。
 暫く回りのことが見えないままに突っ立っていた。
「どうしたの、ジョーイ?」
 袖を引っ張られリルの声で我に戻る。何かを振り払おうと首を振り、放って欲しいとばかりに声を発した。
「リル、それじゃまたな」
 逃げるように走り去った。
 リルは寂しげにジョーイを見つめていた。
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