Lost Marbles

第九章 騒がしい周り


「なあ、トニー、過去の記憶と今を結びつけて、代わりを求めていいものなのだろうか」 
 水色の空に、綿菓子のような白い雲が流れていくのを見つめながら、休み時間、教室の窓に寄りかかりジョーイが呟いた。
「ん? なんでもありでいいんじゃないか」
 トニーは窓際の机の上に腰掛けて、スマートフォンを弄りながら、上の空半分で返事する。
「おい、人が悩んでいるのに、もっと真面目に答えろよ」
「だから、恋に理由なんて求めるなってことだよ。お前は真面目だし、慣れてないから物事を自然に受け入れる姿勢ができてないんだよ。時には臨機応変に心のままに行動してみたらどうだ」
「いいよな、いい加減な奴は、いとも簡単に受け入れられてお気軽で」
「あのな、俺もそれなりに悩みはあるんだぞ」
「例えばどんなだよ」
「俺だって今恋をして悩んでるんだ」
「それのどこがだよ。ヘラヘラして色んな女の子に声を掛けまくってる奴が」
「これは真剣な恋なんだ。でも俺なんて年下だし、身分も違うから苦しいんだよ」
「おい、まさかそれって教師の眞子ちゃんって言うんじゃないだろうな」
「おっ、さすがだね。正解」
「それは無謀だろうが。諦めろよ」
「俺はお前の恋を応援してやってるのに、俺には諦めろだと。やっぱりジョーイは冷たいな」
「冷たいとかじゃなくて、年も違うし、第一相手は教師だぜ。そんなのを恋の対象にするのか?」
「だから魅力的なんじゃないか。禁断の恋。燃えるぜ」
 話にならないとジョーイはそれ以上何も言わなかった。
 空を見つめつつ、ため息をこっそり漏らす。
「なあジョーイ、今日英会話ボランティアに一緒に行かないか。キノも来るかもしれないぜ」
 ジョーイのため息を聞いて、トニーはさりげなく誘った。
「そうだな」
 流れる雲も風で後押しされている。
 風に吹かれて少しずつ形を変えていく雲を見つめていると、何か答えが見つかりそうだった。

 その放課後、ジョーイはトニーに引っ張られて英会話ボランティアの教室へと連れて行かれた。
 中に入れば十数名の男女が一斉に振り向き、女生徒たちは明るい声で「ハロー、トニ−」と迎える。
 男子生徒も手を掲げ、ハイファイブと称してトニーの手のひらに軽くタッチしていた。
 トニーはここでもすっかり人気者として祭られている様子に、ジョーイは感心していた。
 女生徒たちがチラチラとジョーイを見てそわそわしだすと、それに気がついたトニーはジョーイを突き出して紹介した。
「俺の友達連れてきた。ジョーイだ」
 ジョーイはとりあえず手を挙げて小さい声で「ハーイ」と挨拶すると、待ってましたと女生徒たちが群がってきた。
「おい、俺よりもジョーイの方がいいのかよ」
 トニーが臍を曲げると、男子生徒達が慰めに集まってくる。
「俺には男しかこないのか、仕方ねぇーな」
 男達にノリよく抱きついて、トニーは持ち前の明るさでおどけていた。
 和気藹々とした雰囲気の中、キノが教室の入り口に現われた。
 皆、元気良く挨拶し、同じように歓迎する。
 ジョーイが居たことで、キノは少しびっくりしてたが、嬉しいとすぐに頬が揺るんだ。
 ジョーイも口元を少し上げ、はにかみながらそれに応えていた。
 キノは出入り口で、後ろを振り返り、誰かと揉めだした。
「リル、ほら、早く入って」
 キノに無理やり引っ張られて、リルが教室に入って来た。
 それに一番驚いたのはジョーイだった。
 朝はライバル心むき出しに自分の両腕を引っ張り合っていたというのに、キノはリルをここへ連れて来ている。
 意外な状況にジョーイは目を見開いていた。
「おっ、新しい女の子か。いらっしゃい。ウエルカム」
 トニーは溶け込みやすいように声を掛けたが、普段から仏頂面のリルは緊張して余計に顔が強張り、堅く口を閉ざしていた。
 目だけはぎょろりとして、女の子に囲まれているジョーイを見ていた。
「この子はリル。無理やり私が連れてきたの。一日体験っていうことでいいかな」
 クラスに居たものはすぐに受け入れ、軽く頷いていた。
 リルは居心地悪く、俯き気味だったが、ジョーイが居たので逃げ出さずなんとか踏ん張っている様子だった。
「それじゃ、今日のクラブ活動を始めます」
 そのクラブの部長が声を上げる。
 トニー、ジョーイ、キノを前に立たせて、それぞれのグループを作った。
 一グループ三、四人集まり、準備されていたプリントに沿って会話を始めていく。
 ジョーイはとにかくプリントに書かれてある会話を読んでは、発音を正したり、英語で質問したりとトニーを見よう見真似で、ぎこちなくやっていた。
 リルはキノのグループの中で大人しく座っているだけだったが、気持ちは落ち着かないのか、手持ち無沙汰で花柄のハンカチを手に持って握り締めていた。
 時折ジョーイをチラチラ見ている。
 笑い声も絶えず、クラブ活動はなんとか様になっていた。
 その途中から白鷺眞子が教室に入って来た。
「皆、頑張ってるわね。あら、新しい人が増えてる。えーとあなたはトニーのお友達のジョーイね。こっちの女の子は……」
「リルです。私が連れて来ました」
 キノが答えた。
 眞子はそっけなく「あら、そう」とだけ言い、リルに向かっては愛想笑い程度の笑顔を添えた。
 リルはじっと眞子の顔を見ていた。
 眞子は補助としてそれぞれのグループの様子を見回るだけで、後は生徒任せだった。
 トニーにはちょっかいを出して、少し贔屓目な感じがするとジョーイは思ったが、周りの生徒はいつものことのようにあまり気にしてない様子だった。
 ジョーイに来てくれたことを感謝しつつ、当たり障りもなかったが、どうもキノには何かが違うような雰囲気がしていた。
 存在を無視しているというのか、話を全くしない。
 ただの偶然なのかもしれないが、ジョーイは眞子の接し方には温度差があると感じていた。
 しかし、何よりキノとリルが一緒に行動をしている事が信じられない。
 キノは一体何を考えているのかジョーイには不可解だった。
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