Lost Marbles

第九章


 時計が五時を過ぎようとした頃、クラブはお開きになった。
 女生徒達はジョーイに未練を残しながら「また来て下さい」と握手を求めていた。
 少し疲れが出ていたジョーイは、適当に返事をして、軽く促す。
 トニーのように、社交的になるにはまだまだ抵抗があった。
 眞子だけが教室に残り、後はそれぞれ帰っていく。
 ジョーイ、トニー、キノそしてリルとこの四人は固まって廊下を歩いていた。
 リルはふとブレザーのポケットに手を入れ、はっとしたように叫ぶ。
 ずっと握り締めていたハンカチが見当たらない。
「あっ、私、忘れ物した」
 リルは教室目指して走って戻っていってしまった。
 その隙に、ジョーイはキノに問いかける。
「なんでリルを連れて来たんだ」
「放課後、廊下で偶然会って睨まれたから。あのままじゃ後味悪くて、それなら私から友達になればいいかなって思って」
「だけど、朝、二人で俺の腕引っ張りあいしてたじゃないか」
「ああ、あれね。なんかああしたら楽しいかなって思って、ちょっと調子に乗ってしまったの。ごめんね」
 遊ばれてたと知ると、ジョーイは呆れて言葉も返せず絶句した。
 そこにトニーが首を突っ込んできた
「一体何を話しているんだ。キノとリルがジョーイを取り合いした? あのリルって子はジョーイが好きなのか。だけどあの子、どこか普通の女の子の雰囲気と違うよな」
「まあな、ちょっと変わってるって言えば変わってるかな。人のこと言えないけどな」
 ジョーイも同じ部類だと言わんばかりに、苦々しい顔つきになっていた。

 リルはその頃、開いた教室のドアから、そっと中を覗きこんでいた。
 眞子が窓際で外を見ながら、耳に手をあて英語で話している。誰かと電話をしているようだった。
 入りにくい雰囲気がして、戸口でまごついてしまった。
 立ち聞きするつもりはなかったが、断片的に、眞子が話している会話から知ってる単語が聞こえてきた。
 なんとなくジョーイについて話しているように思えた。
「あら、何か御用?」
 人の気配を感じた眞子は強制的に電話を切り、振り向いた。
 訝しげにリルを見て、様子を伺っている。
「あの、忘れ物して」
 リルが辺りをキョロキョロと見回せば、部屋の隅にハンカチが落ちていた。
 それを拾い、すぐさま教室を去ろうとすると、眞子が話しかけてきた。
「あなたキノとは親しいの?」
「えっ?」
「だって、キノが連れて来たお友達でしょ」
「いえ、友達とまでは…… どっちかって言うとライバルかも」
「ライバル?」
「いえ、なんでもありません」
 リルはさっさと部屋から出て行こうとした。
「待って」
 眞子は、咄嗟にリルを引き止めた。


「リル、何してたんだ? 遅いじゃないか」  
 やっと戻ってきたリルに、ジョーイは愚痴を垂れるも、リルは思いつめたように口を一文字にして、キノだけを見ていた。
「キノ、ちょっと話がある」
「どうしたの、リル? 私が無理やりクラブに連れて来たこと怒ってるの?」
「おいおい、とにかく早く帰ろうぜ」
 またよからぬ事が起こる予感がして、ジョーイは二人を引き離そうとした。
「ジョーイ達は先に帰っていて」
 リルはジョーイを突きはね、無理やりキノを引っ張って、連れて行ってしまった。
「おいっ! リル」
 ジョーイの声は届かず、二人は姿を消してしまった。
「女同士の話でもあるんじゃないの?」
 トニーがお気楽に言うも、ジョーイにはそうは思えなかった。
 「まあ、いいじゃん、帰ろうぜ、ジョーイ」
 トニーはジョーイの肩を抱き、歩き始めた。
 ジョーイも、それに促されて歩くが、馴れ馴れしく寄り添われたトニーの手を思いっきり振り払った。
「知らない奴が見たら、誤解するだろうが」
「いいじゃん別に、そういう仲なんだから」
「あら、どういう仲なの?」
 後ろから急に声を掛けられ、二人は振り返った。
「あっ、眞子ちゃん〜」
 トニーの鼻を伸ばした声が間抜けに廊下に響く。
「二人は仲がいいのね」
「そんなんじゃなくて、俺が一番好きなのは、眞子ちゃんだけだからね」
 眞子はクスッと笑った。
「ほら、早く帰りなさい。そろそろ学校が閉まる時間よ」
 タイトスカートで強調された腰を振り、眞子はスタスタと前を歩いていった。
 そのセクシーさに参るように、トニーは口笛を一吹きし、そして尻尾を振るようについていってしまう。
「おい、トニー」
 誰からも邪険にされたようで、ジョーイは廊下に寂しく一人取り残されていた。
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