第一章 思わぬ遭遇


 宇宙船から見える景色はいつも暗い夜空だった。
 その暗い空間にあまたの星がキラキラとしているさまは、まるでチョコレートケーキに粉砂糖を振り掛けたみたいに見える。
 しかし、そんな甘い優しさで見ても、星影は容赦しないと瞬いて、宇宙の無慈悲さをせせら笑っているだけかもしれない。
 果てしなく広がる無限の世界。
 一体それはどこまで続き、そしてどこかで終わりがあるのだろうか。
 想像を超えた茫洋とした空間。
 それに飲み込まれる不安に時折恐れをなし、自分の存在を残したいと精一杯もがく男がそこにいた。
 儚い一生の時間でどこまでの世界を自分は見る事ができるのか。
 せめてネオアースだけは訪れたい。
 人類発祥の地。
 かつて月に降り立っただけで熱狂した人々がそこに住んでいた。
 それから発展を遂げてきたとはいえ、遥か昔のあの頃はまだ宇宙で人が住めるようになるとは現実味がまだなかった頃だった。
 ましてや自分達以外の生物が生息し、接触してコミュニケーションができるようになるということも、ただの想像にしか過ぎなかった。
 何百年と過ぎた今となっては、それはもう過去のおとぎ話となってしまった。
 そしてこの時代は後には戻れない。
 全く新しい世界に書き換えられ、地球外の者達と共存している。
 人類は高度なテクノロジーを手に入れ、地球を出ては宇宙に散らばった。
 人類が住めるように月や火星が開発され、また人工的に作られた機械化惑星やスペースコロニーもあったりと、世界は広がった。
 そんな万感の思いを込めて、一人の男が宇宙空間を眺めている。
「何を含めて世界と呼ぶのだろうか。あまりにも規模が大きすぎる世の中になってしまった」
 思わず口から出てきたその声はどこか寂しさが含まれていた。
 背中には重苦しいものを背負い込んで、負けじと踏ん張り、ピンと背筋を伸ばして宇宙船の窓の外を見つめている。
 几帳面さと、揺ぎ無い忍耐強さを滲み出し、引き締まった長身な体を特殊素材の宇宙スーツですっぽりと包ませて、何かに挑もうとしているのか眼差しがきつかった。
 体の中に湧き上がる力が知らぬうちに拳となって固く握られている。
 不意に吐き出した一つのため息が、まるで抑え切れなくなった力を捨てているようだった。
「よぉ、クレート、宇宙に喧嘩でも売ってるのか? まあそんなに焦るなよ。必ず俺たちはネオアースに行けるって」
 背後から陽気な声が聞こえたきた。
 振り返れば同じ宇宙スーツを着た青年が自信漲る姿で立っていた。
 クレートと目が合うと、半分茶化したような生意気な笑みを浮かばせた。
 琥珀にも似た澄んだその瞳は、信念を貫き通す強い意志が見え隠れして、怖いもの知らずなやんちゃさも添えていた。
 友として、またリーダーとして信頼していると言わんばかりにクレートを見つめていた。
 整った精悍な顔立ちだが、無邪気に笑うとあどけない少年らしさが現れる。
 その笑顔はクレートの張り詰めた心を少し和らげた。
「そうだな、ジッロ」
 クレートは目の前の青年の名前を呼び、茶化して鼻で笑っていたが、本心はその通りだとしっかりと見つめ返していた。
「クレートは俺たちの中で一番の秀才じゃないか。不可能って言葉は絶対ねぇーぜ。だから俺はあんたについていけるんだ。俺たちは絶対ネオアースに戻るん だ。何百年と俺たちの祖先がそれを望んで計画してきた。こうやってやっと宇宙船を手に入れて夢が一歩近づいたんだ。これは祖先たちから受け継いできたプロジェクトなん だ。失敗するわけにはいかない」
「そうだな。気の遠くなるような時間が経ち、何十世代に渡ってやっとここまでこれた。ネオアースは元々我々の星だ。そこへみんなの思いを背負って俺たちが帰るんだったな」
「そうさ、あいつらたちとコンタクトとってしまってから俺たちの祖先は地球を追い出される形となった。特定の身分、能力、またはあいつらに都合のいい人類達だけが住む事を許可され、ネオアースと名前も変わり、新しく作り変えられてしまった」
「ああ、あいつらは非常に計算高かった。高度なテクノロジーを惜しみなく授け、侵略という要素を微塵も感じさせず、争う姿勢は全く見せなかった。私達祖先は害はないと共存していく道を作られ自然とそ れを受け入れた。そして宇宙開発が盛んになり、宇宙に興味を持たせて楽園と謳って人類が気軽に宇宙に飛び立てる基礎を築いていった。あまりにも自然な流れすぎ てそれが排除目的だったことに気がついたときは、すでにネオアースは宇宙人に乗っ取られていたってことだ」
「俺たちはそれを取り戻しにいくんだろ。ネオアースで同志を募り、反乱を起こす」
「口で言うのは簡単だ」
 クレートは半ば呆れるような笑いを小さく漏らした。
「いいじゃねぇか。簡単に言っても。もちろん俺たちだけでそんなことがすぐに出来るとは思ってはいない。だけど、今度は俺たちの子孫が後を継いでくれるっていうもんさ。まずはネオアースに入り込む事が俺達に課せられた使命なのさ」
「それも並大抵のことじゃないからな。許可された者しか降り立てることができない。ネオアースの守りは堅い」
「だからこうやってデリバリーの仕事を請け負って信用を植えつけてるんじゃないか。しっかりと運び屋が出来て信頼できるものと思われたらこっちのもんだ。宇宙で 一番重要な仕事は運びやだ。人類が宇宙で生活する限り、必要な物資は飛び交う。だが、宇宙は無法地帯だから賊がうじゃうじゃしては略奪が頻繁に行われている。そんな奴らをかわして資源や物資を安全に運び届ければネオアース行きの荷物も任される時 が必ずくるはずだ。その時がチャンスだ」
「だが道のりは長いぞ。そして仕事も危険が伴う」
「だから俺がいるんじゃねぇか。泣く子も黙るこの早撃ちのジッロ様を忘れてもらっては困るね」
 腰にかけてある光線銃を手に取り、くるくるっと掌でまわしていた。
「ああ、ジッロは飛び立つ鳥はおろか、小さな虫までも正確に打ち落とすからな」
「そうさ、俺はクレートの背中を常に守ってやるさ。だからあんたはいつも前を向いておけばいいだけさ」
「それは頼もしいな」
 照れを隠してそっけなくいったつもりだったが、ジッロがにこやかに笑ってウインクするその気障な態度に、笑わずにいられなかった。
「何も心配することはないんだ。それにこの船もマイキーに任せれば鬼に金棒さ。アイツほどメカに詳しくて腕のいい操縦士はいないぜ。確実に荷物を運んでくれるさ。そこにクレートの頭脳だろ。こんなに最強チームはないぜ」
「そうだな。私達ならやれる」
 ジッロの言葉に乗せられて、再びクレートのやる気が燃える。
 二人は窓の外を見つめ、この先の健闘をお互い祈っていた。
 不意にジッロが愚痴を吐くように小さい声を出した。
「ああ、だけとちょっと足りないものがあるといえばあるな」
「なんだ?」
「女に決まってるだろ」
「そんなことか。それなら機械でこと足りるじゃないか。ちゃんとこの船にそういう処理できるバーチャルブースがついてるぞ」
「バーカ、そういうことは露骨にさらりというもんじゃねぇーよ。俺が意味してるのはそういうんじゃなくて、なんていうんだろう。花を飾るというのか、こう ぱっと明るくなれるようなドキドキ感をいつも感じてみたいんだよ。俺たちってまだそういう青春時代送ってないだろ。いつも勉強だの体を鍛えるための特殊訓 練とか色気も何もなかった」
「ジッロはまだ若いからな」
「おいおい、クレートと3歳しか変わらないぜ。たかが21歳で大人なぶんなよな」
「いや、私はもう正真正銘の成人だ。ジッロはまだ未成年。これは法律で決められてるぜ」
「宇宙に出たら法律も何もないさ。何もかもが己次第さ。つまらない常識を重んじて油断してたら泣きをみるぜ」
 ジッロがお遊びでクレートに銃を向けた。
 からかいと分かっているクレートは動じることなく、鼻で笑っては、気さくな二人の関係を音楽が奏でるようにお気楽に捉えていた。
 そんな気を許したとき、機体が激しく急に傾き、不穏なサイレンが艦内一杯に鳴り響くと、二人の表情は強張った。
 ぐらっと揺れては艦内の壁にぶち当たり、強い衝撃に驚きを隠せない。
「ほうら、早速おいでなすった」
 ジッロはスイッチを素早く切り替え、体が戦闘態勢になるや緊張が駆け巡る。
 クレートは取り乱さず落ち着いてはいたが、機敏に操縦室へと走って行く。
 ジッロも遅れまいと必死についていった。
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