第一章

10
 目の前に存在して見えるも、その丸太には触れる事ができず、手は素通りしていく。
「これも立体映像なのか」
 映像の向こうの物体の存在を確かめようとむやみに手を左右、上下に動かせば、丸太の形に反して別の何かに手が触れた。
 手探りで、その表面を端から端まで滑らせば、どこかで突起のようなものを指先で感じ取れた。
 それを軽く押してみれば、目の前の映像がすーっと消え、再び新たなものが現れた。
「あれー、丸太が消えた」
 後で黙って見ていたマイキーが驚いていた。
「でもまた変なのがでてきたぞ? それも映像じゃないのか。なんだよこれ。ジョークなのか?」
 立体映像が次々変化していくさまにジッロは呆れかえっていた。
 だが今度は、精密な機械らしく重厚な存在感がして、表面も金属の光沢があり丸みを帯びて細長い。
「コールドスリープカプセルだ」
 クレートは上からそれを見下ろし、息を飲んだ。
 先頭には中が見えるように、窓がついてある。
 そこには目を閉じて眠りについている人の顔があった。
 不ぞろいに跳ね上がった短い髪、白い陶器のような肌、どこか儚げで精巧に作られた人形のようだった。
 閉じられた目が悲しそうに見えたのは睫毛が濡れていたからだった。
 涙の痕……
 クレートはそう思った。
 ジッロとマイキーも側に寄り、中を覗きこむ。
「人間が横たわってるけど、もしかしてこれ死んでるのか」
「だったら、このカプセルは棺おけってことになるじゃん。もしかしてミイラ作ってたりして」
 二人は勝手な事をいい合う。
「いや、寝ているだけだ。ここに生命維持装置がある」
 クレートが示したその先に体内の状態を監視できるモニター画面と操作ボタンがついてあり、スリープ状態になっていることが読み取れた。
「一体どうなってんだ。おい、アクアロイド! 説明しろよ」
 はっきりとしない事柄ばかりに、ジッロはイライラしていた。
 アクアロイドはカプセルに近づき、一通り観察するも、その表情は変わることは決してなかった。
「これ、旧タイプのコールドスリープ装置ですね」
「馬鹿! 機種のことなんか訊いてねぇんだって。ここに寝ているこいつは誰なんだよ」
 またジッロの手が伸びた。
 アクアロイドは素早く身を伏せ、するりとそれをかわした。
 ようやく免疫がついてきたようだった。
「ハハハ、アクアロイドちゃんもとうとうジッロの突っ込みに慣れたね」
「マイキー、笑ってる場合か」
 行き場のない思いを今度はマイキーにぶつける。
 マイキーも受けて立つと引けを知らず、二人はガキの戯れのように、ペチペチと体を叩きあいしていた。
「アクアロイド、どうしても思い出せないのか」
「はい。ここには大切なものを取りに来たとあの海賊には言ったみたいですが、どうみてもここには何もなさそうですし、ましてや、老人の死体に、白い犬、そしてこの少年には心当たりはありません。他にこういった状態の人間がこの森の中に隠されているんでしょうか?」
 クレートはアクアロイドの心当たりがない発言には懐疑心を持つも、この森にまだこのような状態のコールドカプセルがあるのかどうかについては言われてはっとした。
 だが、地面に横たわっている白い犬をみたとき、それはないように思えた。
 あの白い犬が守りたかったのはこのコールドスリープ装置ただ一つだったに違いない。
 四葉のクローバーを手に持っていることを不意に思い出し、それを見つめる。
 数ある三つ葉のクローバーから見つけた偶然の境遇。
 不思議な感覚が体を覆い、白い犬からのメッセージのように思えてならない。
 なかなか見つからない四葉のクローバーだが、希少価値ゆえに見つけたら幸運の意味があるように、白い犬もまた数ある人間の中から異端な匂いを嗅ぎ取って、幸運と見なした私を見つけたとは考えられないだろうか。
 クレートはカプセルの中の少年を見つめた。
 ふと何か違和感を覚え、それを口にしようとしたとき爆発音が轟き、足元が突然ぐらついた。
「一体何が起こったんだ」
 ジッロが警戒心を強めて周りを確認する。
 マイキーは爆発音が聞こえきた方向を見つめ、頭の中で整理立てしていた。
「もしかしたら、あの海賊たちが攻撃した時の火災がこのコロニーの動力部分に飛び火したのかもよ」
「このコロニーは沈むってことか? だったらやばい、早いところここから出ようぜ。クレート、そのカプセルどうすんだ」
 クレートの心はすでに決まっていた。
「もちろん一緒に連れて行く。皆運ぶのを手伝ってくれ」
 だが、男3人集まっても、その装置は重く、なかなか上手く運べない。
 その間に爆発は連鎖反応がはじまり、足元が不安定になってきた。
「このままじゃ、みんなお陀仏になっちまうぜ。アクアロイド、何かこれを運べるものに変身しろよ。気がきかねぇな」
 ジッロは焦りで怒鳴っていた。
「わかりました。それじゃこんなのはどうでしょう」
 アクアロイドはカプセルの大きさに合わせた荷台に姿を変えた。
「なかなか、いいんじゃないの」
 マイキーだけが褒め、残りの二人は無言でカプセルをそれに積んだ。
 地面はでこぼこして何度も引っかかりながらも、担ぐよりは遥かに早い作業だった。
 煙が充満してきたとき、後をみれば赤い炎が包んでいた。
 きっちりとあの白い犬を葬ってやりたかったと、クレートは最後に頭を撫ぜてやったあの感触を思い出し別れを告げていた。

 なんとか無事に船に乗り込み、脱出できた直後、コロニーはそれを確認したかのように大きな爆発をして崩れていった。
「ふー、危機一髪ってとこだった。あれだけの自然が宇宙に存在してたのになんか勿体無いね」
 素早くコロニーから離れる事ができたのも、マイキーの機敏な運転が一躍かってでたのかもしれない。
 コロニーのことより、船が損傷を免れたことの方がもっと大切だった。
「仕方ないさ。命だけでも助かったんだから、それでよしとしよう。だけど、アクアロイドも役に立つもんだな。ちょっと見直したぜ」
 ジッロに素直に褒められるとアクアロイドも嬉しく思っていたが、相変わらず無表情なためにジッロから「褒めてるのに、無視かよ。かわいくないな」とまた背中を小突かれた。
「これでも私、喜んでます」
 なんとか分かってもらおうと背筋を伸ばして胸を張るが、却って偉そうな態度に見えた。
 またジッロに突っ込まれながら、その側でマイキーが笑う。
 この三人はすっかり打ち解けているようだった。
 クレートだけがまだアクアロイドに慣れずに蚊帳の外にいた。
 疑い深いのもリーダーという気質さが邪魔をして、用心深くなることで物事の本質を常にわきまえたい正しい情報集めの一貫にすぎなかった。
 操縦室の隅に無造作に置かれたカプセルを一瞥し、そしてあの時に摘んだ四葉のクローバーを手にして暫く見つめていた。
 そのクローバーが後に大いに意味をなすものになるとはこの時まだ気づいていなかった。
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