第一章

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 艦内は警告のサイレンが鳴り響き、ただならぬ不穏に包まれた。
 クレートとジッロが自動に開いた操縦室のドアから駆け込むと、操縦桿を握ったマイキーが「ひえぇー」「うおぉぉ」と奇妙な声で叫びながら興奮している。
「マイキー、大丈夫か」
 クレートが側に駆け寄った。
 その間にジッロもコントロールパネルのスイッチを操作して慌しくサポートし出した。
 コントロールパネルが、空間に青い光を放ちて浮かび上がり、何かと接触した記録を打ち出していた。
「いやー、ちょっと暇だから隕石内に入ってひょいひょいかわしながら遊んでたらさ、いきなり死角から別の宇宙船が現れてちょいと油断してたわ。ごめん」
「マイキー、一体何やってんだよ」
 ジッロが攻撃準備のために慌しく席に着き、ヘッドフォンを装着して相手の出方に集中する。
「それで、敵は攻撃態勢なのか」
 クレートも部屋の中心で高台になった指令席に座り、ダメージはないか宇宙船のチェックをし出した。
「それが、どうも様子がおかしくて、どうやらその宇宙船さ、どこかですでに事故にあった感じだった。今すれ違ったときの映像を送る」
 コンピューター音と共に、数分前の出来事の映像がそれぞれのモニターに送られた。
 隕石をよけたとき、その裏側から別の船が黒煙を噴出しながら突然出現し、危機一髪でかわしている様子が現れた。
 更に何度もその映像を巻き戻し、その船を拡大映像化する。
「どうやら、賊にでも襲われて逃げてきた来た様子だな。どうする、クレート、このまま放って置いても追いかけてくる様子はないし、俺達に害はないぜ」
 さっきまで緊張していたジッロの肩の力が抜けていた。
「なあ、ちょっと助けにいかないか。どうせ暇だしさ」
 マイキーは能天気にニヤついていた。
「おいおい、俺たちは遊んでるんじゃないんだぜ。もう少し危機感というものをだな……」
「だけどさ、もしかわいい女の子が乗ってたらどうすんだい? ジッロはそれでも放っておけというのか?」
「えっ、かわいい女の子? それは、もしそうだったら助けにいかないとな」
「な、だろ」
「でも、好みじゃなかったらどうすんだよ」
 その前に敵だったらどうするんだという考えはジッロにはないようだった。
「そのときはそのときで、さようならでいいんじゃないか」
 マイキーもまた無責任に軽くあつらう。
 この二人には決まってふざけあってしまう癖があった。
 和みに近いやり取りの中、クレートは突如声をあげた。
「マイキー、あの船を追うんだ」
 画像を何度も見て分析した結果、クレートには無視できないものを発見したらしい。
「ほうら、クレートも乗り気になったぜ。ラジャー」
 マイキーは腕がなると言わんばかりに、隕石の中、巧みに宇宙船を操り目を輝かせていた。
「クレート、一体どういう風の吹き回しだい」
 ジッロが、振り返ると、クレートは厳しい顔つきでモニター画面を見つめていた。
「先ほどの映像だが、この部分を見てみろ」
 クレートが指摘する拡大した映像が流れると、一同ははっとした。
「これは、ネオアース軍のマークじゃないか」
 機体の後方部分のボディから、見逃してしまいそうなくらいの小さい幾何学のようなマークが角度によってキラリと光って現れていた。
 まるで雪の結晶がついているようにも見える模様だった。
 辺鄙な宇宙の片隅に、ネオアースからの船がたった一機で現れるのはおかしいとばかりに、クレートの目は鋭くなった。
 また緊張が張り詰め、三人は無言になった。
 目の前でよろよろと飛行している宇宙船の姿が再び見えたとき、今にもそれは命を落としていく姿に見えた。
 奇跡的に隕石をよけているが、ぶつかるのも時間の問題だった。
 クレートは連絡を取ろうと船に信号を送るが、全く応答がない。
 そうする内に、船は隕石と接触し、更にダメージを受けよたよたと速度が落ちて、最後には隕石にひっかかる状態で静止した。
 マイキーは安全を確認しながら、その側に船を寄せる。
 クレートとジッロがヘルメットを装着して宇宙に飛び出し、その船を調べることになった。
 相手はネオアースからの使者であり、何が起こっているのかさっぱりわからないまま警戒心を抱くも、ネオアースという存在の大きさに体が異常に熱くなっていくのを感じていた。
「ジッロ、気をつけるんだ。もしかしたら罠かもしれない」
 クレートの張り詰めたピリピリしたものがジッロにも伝播した。
 ジッロは首を縦にふり、そして浮遊しながら慎重に宇宙船の入り口へと向かった。
 武器を装備した、戦闘機スタイルのその船は厳ついては絶対的な支配力を醸しだしている。
 それに負けじと、ジッロは入り口のドアを光線銃で焼付け、扉を開いた。
 注意深く中を確かめ入っていく。
 その後をクレートもついていった。
 二重になったもう一つの入り口は側にあったボタン操作で簡単に開き、素早く入り込んで再び閉めた。
 電源がやられているのか、中は充分な明かりを確保できずに薄暗い。
 手探りで進んでいるとマイキーが交信してきた。
「何か生物反応が先頭部分から感じられる」
 正確な位置を送り、二人に知らせた。
 クレートもジッロも目で合図をとり、銃を構えて向かっていった。
 操縦室のドアを開けば、宇宙船のコンピューターの光がクリスマスライトのように点滅すると共に、パチパチとした放電も一緒に見られた。
 潰されている箇所から煙がでていたりと、明らかに荒らされた痕が残っている。
 その中央で人が操縦席に被さるように倒れている姿があった。
「ジッロ、あそこだ」
 クレートの声に素早く反応してジッロは銃を構える手に力を入れた。
 そして恐る恐る近づいて、舌打ちをした。
「クレート、これは大変だ。コイツ可愛い女の子じゃないぜ。やっぱり手を出しちゃいけなかったかもだぜ」
 冗談で済ませようとするジッロの言葉だったが、目の前の存在の大きさにそれ以上の皮肉を込めていた。
 クレートも確かめるように側に寄ると、目を見開いた。
「これはアクアロイドじゃないか」
 それは怪しく光る銀色のボディを持ち、水面のような艶の光沢を持っていた。
 金属にも見えるが、自由変形に形を変えられ、その際に液状化するように見える様子から水の人型と言われている。
 クレートは噂に聞いていただけだが、始めてみる本物を目の前にして冷静さが少し飛んでいた。
 そしてそれは頭の部分が切りつけられたように縦二つに割れていた。
 人型をしているものの、眼球も鼻の穴も口もなく、人を形どっただけの素体が壊れているくらいにしか見えなかった。 
 クレートが暫く声を出せずにいると、ジッロが勝手にその辺を触りだして何かを調べ出した。
「マイキー、聞こえるか」
 ジッロは、ヘルメットの操作ボタンを押してバイザー部分に見ているものを映し出した。
「あいよ、良く聞こえるぜ。どうした?」
「なんかこの宇宙船、どこかに行こうとしてたみたいだ。目的地が暗号化されてるんだけど、それを解読できるか」
「それを、送ってみてくれ。なんとかやってみるぜ」
 マイキーはジッロから情報を受け取るや否や、速攻で調べ始めた。
 クレートはそのとき、アクアロイドとその周辺の情報をさぐりながら、じっくりと観察している。
「それって頭が壊れてるし、やっぱり死んでるのか? っていうより、元々、そいつはロボットなのか?」
 ジッロが尋ねる。
「これは、ネオアースが開発した人工知能を持つ特殊合金の人造人間。用途は様々に扱われるだろうが、噂では非常に忠実で主に執事や召使的に利用しているらしい。これが主人を伴わずに一人で行動するのは珍しい」
「その主人は襲われて連れて行かれたんじゃないのか」
「いや、どうもそれもおかしい。最初からこのアクアロイド一人しか乗っていない様子だ。襲われたときの艦内の映像が自動記録されている」
 クレートが操作すると、記録された映像が歪みながら空間に現れた。
 数人の悪党が乗り込み、アクアロイドが差し出せるものを提供しているが、それに満足できない者がコンピューター内を荒らし、もっと有益な情報を探ろうとしていた。
 アクアロイドは抵抗することもなく、ただ傍観しているが、その態度が悪党の気に障ったのか、最後はライトソードで頭を叩き斬られていた。
 そして同じようにこの船の行き先の暗号を見つけそれを解読したのか、用はないと立ち去っていった。
 アクアロイドは瀕死の状態ながらまだ船を動かそうとしているところまで映っていた。
 クレートは厳しい顔をして、またジッロはお悔やみでも言いたそうに同情するような気持ちで見ていた。
「もしもし、お待たせ。暗号解読できたよ。暗号っていっても、これただの数値化された場所の計算問題だった。どうやら、目的地は絶えず動いている様子で、その都度計算して場所を推測する感じみたい」
 マイキーが場所を特定したことで、クレートは決断した。
「よし、この船がそこへ行こうとしていた目的を探ってみよう。ネオアースに関しての情報が手に入れられるかもしれない」
「それはいいけど、こいつどうするんだい?」
 ジッロは物珍しそうに少し触れてみた。
「もっと調べれば、何かの役に立つかもしれない。船に連れていく。ジッロ、運ぶのを手伝ってくれ」
 困惑しながらも、ジッロはアクアロイドの体を引き寄せて、クレートと抱えようとした。
 その時、アクアロイドがブルブルと振動した。
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