第一章


「うわぁ、コイツまだ生きてるぞ」
 ジッロが驚いてつい、突き放してしまった。
 アクアロイドの体は操縦席から転げ落ち、プルプルと液体状に揺れている。
 そして二つに割れていた頭が次第にくっついて、元に戻っていった。
「なんだコイツ、き、気持ち悪い」
「落ち着け、ジッロ」
 クレートは銃を構えているジッロの手を押さえた。
 アクアロイドの頭が元に戻ると、ゆっくりと体を起こして立ち上がった。
 用心して距離を置こうと後ずさりをする二人だったが、どこか怖がっている様子にも見えた。
 そのときアクアロイドが頭を振りながら喋り出した。
「あら、私としたことが……」
 顔を上げたとき、人間二人がいたことに驚きアクアロイドは悲鳴を上げた。
 劈くようなその音は鼓膜がやぶれそうになり、着ていた宇宙服が切り裂かれるくらいの超音波を感じた。
「落ち着け。アクアロイドの癖に何怖がってんだよ」
 ジッロが呆れて問いかけた。
「だって、人間は私に襲い掛かるんですもん」
「だから、それは俺たちじゃない。俺たちはたまたまアンタの壊れた宇宙船が隕石に不時着したから、助けに来ただけだ」
「そ、そうなんですか」
 困惑した様子は分かっても、目も口もないのっぺりしたその姿はどこか話していて拍子抜けた。
 ジッロはなんだかやる気がなくなって一気に疲れてしまい、ここに来た事を後悔しだした。
 感情に支配されるジッロと違い、クレートは慎重に全てを解明しようと探り出す。
「君は一体どうしてこんなところにいるんだ。ネオアース軍の指令でやってきたのか?」
 クレートの落ち着き払った態度で、アクアロイドも冷静になれたのかクレートに視線を向けた。
「わ、私は……」
 その後の言葉をクレートは待ち望んだが、アクアロイドは喋るのをやめたように静かにしたままだった。
「どうした、機密事項で言えないのか?」
「いえ、違うんです。記憶がないんです」
「おいおい、なんで記憶がないんだよ」
「ジッロ、少し黙っててくれないか」
 ジッロはチェッと軽く舌打ちしつつも、クレートのいう事を聞く。
 クレートは気難しい顔をしているのか、バイザーから覗く瞳が鋭くアクアロイドを捉えていた。
 アクアロイドもクレートを見つめている様子だが、顔の凹凸はあっても表情は全く読めなかった。
「ならば、名前はどうだ?」
「名前? ですか…… 私は識別コードを持ってるだけで、えっと、シーエル、オーヴィイーアール、フォーシーと体に刻まれてます」
 アクアロイドが片腕を前に出すと、そこにCL-OVER-4Cのコードが浮かび上がってきた。
「どこで作られ、何の目的で存在しているんだ。君の課せられた使命はなんだ」
「私は人の手伝いをするためにネオアースの中心、POアイランドで作られたアクアロイドです」
 POとは、パシフィックオーシャンの略語で、太平洋に浮かぶ人工島のことを意味し、宇宙からの侵略者が拠点としている場所だった。
 今では地球の中心となり、地球全体を支配しコントロールしている本部と位置づけられている。
「それは一般的な概要にすぎん。私が訊いているのは、もっと詳細だ。君には従事している主人がいるはずだ。それは誰なんだ」
「私には主人はいません」
「それはおかしい。人の手伝いをするためと先ほど自分でも言ったじゃないか。矛盾しているぞ」
「アクアロイド自体は人に仕えるという名目で作られます。だけど私には主人は与えられませんでした」
「それじゃ、覚えていることをとにかく話したまえ」
 アクアロイドは暫く黙り込んでしまった。
 それは記憶を引き出そうとしている姿と考えたかったが、どこか計算高く企んでいる様子にも、またいきなりスイッチが切れてでくのぼうになったようにも、表情が読めないだけに何にでも見えた。
 そして再び話し出したとき、泣きそうなか弱い声になっていた。
「やっぱり思い出せません……」
「おいおい、なんだコイツ。かなりのポンコツなんじゃないのか」
 ジッロがたまりかねて口を出した。
 しかしクレートはどこか納得がいかないと訝しんでいた。
「先ほど受けた攻撃で頭を損傷したということか」
 ギロリと冷たい視線をアクアロイドに向けた。
「わかりません。自分が壊れている感覚もないです。正常です。ただ記憶がどうも抜けてます。私、一体ここで何をしようとしてたんでしょう?」
「そんなこと俺達に訊かれてもわかるわけないだろう」
 我慢の限界で、ジッロはツカツカと闊歩してアクアロイドに近づくと、ペチッと頭を叩いた。
「えっ、何するんですか。あなた短気で野蛮。怖い人間」
「お前が抜けてるからイライラするんだろうが」
 怯えて後ずさるアクアロイドにさらにジッロは手を挙げて威嚇した。
「ジッロ、やめるんだ。そんな事をしても無駄だ。アクアロイドはこれ以上、我々に情報を伝えたくないと思えばこの状況もしっくりとくる。人工知能とはいえ、エイリー族が作った代物だ。容易く地球人には手に負えないものがあることだろう」
 エイリー族とは地球にやってきた宇宙人のことを意味し、人間達が勝手につけた名称だった。 
「クレート、もう放っておいて帰ろうぜ。下手にネオアースと絡んで都合が悪くなることもあるかもしれないし」
「このまま放って置くこともできないだろう。何せ、コイツは目的を失ってしまっているんだからな」
 チラリとアクアロイドを意味ありげな目で見つめた。
 ふてくされたジッロ、解せないと考え込むクレート、そして無表情に黙ってアクアロイドは突っ立っていた。
「もしもーし、ちょっと二人とも一体そこで何やってんのよ。とりあえずその船が行こうとしていたところへ早く行ってみようよ」
 通信をしてきたマイキーの声が静かな艦内に響いた。
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