第一章


 暫く操縦室に静寂さが漂った。
 それに配慮するように、喉を鳴らす音が遠慮がちに静かな空間で弾けてからアクアロイドが話し出した。
「コホン…… あの、クレートって何かこう気難しいんですね。ここにいてもいいと許可を貰いましたけど、なんだか私上手くやっていけるのか自信がないです」
「お前さ、アクアロイドだろ。なんでそう人間じみて、おどおどすんだよ。表情ないから、冷たい無慈悲な雰囲気だしたら、もっと怖く見えるのに。ほんと馬鹿だよな」
「ジッロ、いいじゃないか。俺、結構こいつ気に入っちゃった。あんたさ、面白いよ。暗い宇宙でこんな楽しい逸材に出会えるなんて俺たちラッキーだったぜ」
 マイキーは気安くアクアロイドの肩を抱いた。
「えっ、私を気に入ってくださったんですか。嬉しいです。ありがとうございます。マイキー様」
「いいよいいよ、マイキーで。アクアロイドでもでくの坊でもなんでもいいけど、俺たちは友達だ。な、ジッロもそれでいいだろ」
「いきなり友達かよ。まあ、こんなのに今まで出会ったことなかったのは確かだ。何かと役に立つこともあるかもな。こうなってしまった以上、受け入れるしかないよな。しゃーない」
 半分なげやりだった。
 二人から友達認定されると、アクアロイドは無表情ながらも飛び上がることで喜びを表現した。
「ありがとうございます。私、とても嬉しいです。頑張りますので、宜しくお願いします」
 アクアロイドのお辞儀を再び見て、ジッロとマイキーは自然に笑みをこぼしていた。
「まあ、クレートのことは心配するな。あいつはリーダーとして責任もあるし、年上なだけに兄貴ぶってるんだ。根はいい奴なんだ。見かけどおり他人に厳しいし、また自分にも厳しい男なんだ」
 ジッロが言うと、続けてマイキーも語り出した。
「一目置かれている分、いつも皆からの期待を受けてプレッシャーも半端ない。それに人一倍ネオアースに思い焦がれてるだけに、帰れない事に我慢がならないだけさ」
「ネオアースに帰れないって仰いましたけど、突入すればこっちのもんじゃないんですか?」
 無邪気なアクアロイドの質問に二人はため息が出た。
「ネオアースの周辺やいろんな国々で常にレーダーを光らせて防衛軍がガードしている。許可がないと近づくだけで攻撃されてしまうんだ」
 ジッロが考えたら分かるだろと言いたげな目を向けた。
「その許可もだね、ネオアースが認めるかなりの信頼を持ってる者限定なんだ。無名で一般コロニー市民の俺たちが簡単に許可など貰えないって事なの。わかった?」
 マイキーは子供を諭すような優しい態度でアクアロイドの頭を軽く叩いていた。
「そうだったんですか。すみません。何も知らなかったとはいえ、私は無知な故にクレートの神経を逆なでしてしまったんですね」
「だから、気にすることないって。ほらアクアロイドらしく、もっと無慈悲になりな」
 マイキーは見本を見せるように強面の表情をしていた。
 それをまねしようとアクアロイドも胸を張った。
「そうそう、それでいいの。表情がない分、立ってるだけで不気味になれるのはお得だよーん」
「えっ、不気味が得なんですか? そんな。不安を与えないための無難な無表情なのに」
「あのな、無表情は充分不安材料になるわ。なんか感覚がずれてるぜ。お前さ、目ん玉くらいあった方がいいぜ」
 ジッロが突然閃いたように何かを探し出して、それを掴むとアクアロイドの前に立ちふさがった。
「ちょっと、何するんですか」
「おい、動くな」
 素早く持っていたものを動かし、ジッロは満足してにまっと笑った。
「これでいい。マイキーどうだ。これなら人間らしいだろ」
 マイキーの前にアクアロイドを突き出すと、そこには子供のいたずら書き程度の目が描かれていた。
「ジッロ、これは酷い。もう少しちゃんと描いてやれよ。左右大きさ違うし、下手くそすぎ。でも面白い。俺にもやらせて」
 今度はマイキーがペンを持ち、付け足していった。
 アクアロイドが鏡を見せられたとき、太い眉毛、鼻毛、そばかすもつけられて、それはそれは間抜けな顔となってショックを受けていた。
「ひ、酷いです。おもちゃにしないで下さい」
 クレートも扱い難いが、この二人もノリで虐められると思うと前途多難に思えてきた。
 従順で弱気なアクアロイドは一生懸命顔の落書きを擦り、そして洗い流すように顔を液状化にして表面を変化させるとまるで泣いているかのように落書きが滲んでいた。
「まあ、とりあえずウエルカム・アボード!」
「この船に乗り合わせた洗礼、洗礼」
 ジッロとマイキーがニタニタしている。
 二人はまだ扱いやすいタイプかもしれないと、アクアロイドは考えていた。
 感情が顔にでないことは、自分の本心はどう思うと相手には伝わることはない。
 感情を素直に表すこの二人の前ではこちらが下手にでれば、己で好きなように解釈してくれる。
 こういう人間の方が付き合い易いというもんだった。
 しかし、クレートはアクアロイド顔負けの無表情さで、感情をコントロールしている。
 気に入らなければ目つきの鋭さでわかるが、その奥底に潜む彼の考えまでは推測し難い。
 頭の回転の速さが伺え、アクアロイドもクレートには要注意と肝に銘じるのだった。
 そんな事を考えてるとも知らずに、ジッロとマイキーは艦内を次々案内していた。
「んで、ここがトイレね…… って、別にいらないか」
 マイキーが言うと、アクアロイドは首を横にふった。
「いえ、とても大事です。これからは私が掃除して常にきれいにしておきます」
「うほー、それは助かる。俺たち、いつも交代で掃除しなければならなかったから、これはいい。やっぱりアクアロイドが来てくれたのはラッキーだったんだよ」
 マイキーは思わずハグをしていた。
「まあ、そういうことなら確かにいいことだな」
 次第にジッロも利点が見えてきて、好感度がどんどん高くなってきた。
「お世話になるんですから、掃除、洗濯、料理、何でもやらせて頂きます。なんでも仰せ下さい。私はそういう用途で作られましたから。こういう仕事を貰えるのは喜びです」
 ジッロとマイキーは見合わせてにんまりとしている。
 煩わしいことからの解放は宇宙生活が楽になると心から喜んでいた。
 そういうことが喜ばれるというのはアクアロイドも分かっていたし、だからこそ自らオファーする。
 自分の目的を果たすためには計算高くなければいけないことくらい分かっていた。
 とにかく今はこの船に乗って目的地へ行かなければならない。
 アクアロイドもその必要性は顔には出さないが、本心は焦るほど落ち着かないでいた。
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