第十章


「かわいそうに、だれかその少年の手足を自由にしてやれ」
 顔が少し傷ついて、虐待を受けていた様子も見受けられ、シドはか弱そうなキャムにすっかり同情してしまった。
 手足が再び自由になったキャムは、ほっとして、そしてシドの前に近寄った。
「ありがとうございます。私はこの男に誘拐されました。そこを救って下さって感謝します」
 キャムの胸元がはたけていた。
 そこから四葉のクローバーのネックレスが顔を出し、シドははっとした。
「それは四葉のクローバー」
「はい、そうです。これは大切な人から貰いました」
「大切な人?」
「それはシド艦長もご存知な方です」
「まさか、クレート」
 四葉のクローバーというキーワードを聞けば否が応でも思い出してしまう。
 思ったとおりだと話がすぐに通じ合い、キャムの顔は綻んだ。
 満面の笑みを添えて、大きく頷く。
「君は、クレートと知り合いなのか」
「はい、自分の住んでいたコロニーが海賊に襲われたとき、クレートが助けてくれました。それ以来お世話になっています」
「なんだって! コロニーが海賊に襲われたって、君はそのコロニーに住んでいたのか?」
「そうです。カザキ博士という人が親代わりとなって一緒に住んでいました」
 その話を聞いて、シドは大いに驚いた。
 ──一体この子は誰なんだ。なぜカザキ博士を知っている。
「君の名前は?」
「僕はキャム」
「キャム? キャムだと? それは本当の名前なのか?」
「いえ、キャムはニックネームで本当はキャメロンといいます」
「なんだって。キャメロン!?」
「あの、どうかしたんですか?」
 そのとき乱杭歯男が、口を挟んだ。
「そいつは嘘を平気でつく奴です。少年なんかじゃない、本当は女だ。艦長の前で嘘をつくだけでも侮辱罪だ!」
 キャムを貶めたい一身で、無茶苦茶な理由をつけて貶していた。
 拘束されてヤケクソ気味になっていた。
「あの男が言うことは本当か」
「はい、私は実は女です。宇宙で生活するために、仕方なく性別を偽っていました。もし、それが侮辱でしたら、謝ります」
 しかし、キャムには感じていた。
 シドは話せば何もかも分かってもらえる。
 そして必ず自分の味方になってくる、妙な勘が働いた。
 見た感じも、とても親しみのもてる顔つきで初めて会った感じがせず、キャムはすぐに好感を抱いていた。
「キャメロン。本当にその名前に偽りはないな」
「はい、それは本当です。シド艦長」
「まさか、そんな」
「シド艦長? どうなさったのですか?」
 シドはじっとキャムを見つめていた。
 そして震えながら両手を伸ばして、抱きしめた。
 キャムは突然のことに驚いてしまい、そのままシド艦長に抱きしめられていた。
 だけどそれが温かくてとても心地よかった。
「あの、どうしたんですか?」
 シドは優しい笑みをキャムに向けた後、顔を上げて、今度は乱杭歯男に鋭く睨みつけた。
「その男を処刑しろ」
 皆、耳を疑っていた。
 乱杭歯男が一番ショックを受けていた。
 突然の結果に、キャムはキョトンとしている。
「ちょっと待って下さい。私が一体何をしたというのですか。スペースウルフ艦隊は他の者がすることには無関心で、中立の立場じゃないですか。なのに、なぜ私が処刑されねばならないのでしょう」
「それは、私の娘を酷い目に遭わせたからだ」
 衝撃的な事実に、一同は驚いて、辺りは静まり返った。
「えっ、娘? えっ、私が? シド艦長の? えっ?」
 キャムも驚いて、目を丸くしてシドを見つめる。
「そうだ。キャメロン」
 再びシドは力強く抱きしめた。
 驚いて強張っていた表情だったが、ゆっくりと頬が弛緩して安らぎへと変わって行く。
「お父さん?」
「なんだかその言葉は照れるな。しかし、嬉しいもんだ」
「でも、なぜ一度もコロニーに会いに来てくれなかったのですか?」
「すまない。カザキ博士は何度も私にメッセージをよこしてくれた。それなのに、私は頑なに意地を張って聞く耳持たずなところがあった。カザキ博士は万が一 の事を考えて、メッセージではキャメロンの情報を一切入れなかったのだろう。だから、私にコロニーへ来いというしかなかった」
「それじゃ、カザキ博士がいつもメッセージを送っていた人ってお父さんのことだったんですね。じゃあ最後に私が送った『四葉のクローバー』というメッセージは受け取ってもらえましたか?」
「それはキャメロンが送ったのか? そのときにはすでにカザキ博士は亡くなってたんだね」
「はい、死ぬ間際に伝えるようにといわれました」
「そっか。それなら、やっぱりネオアースに戻るしかないな」
「えっ?」
「君のお母さんに会いに行くんだよ」
「待ってください。私の母って、エイリー族ですよね」
 シドがエイリー族と付き合っていたという情報は、その場に居た兵士達を驚かせた。
「そうだ。キャメロンは人類とエイリー族の血を受け継いだ私の娘だ」
「あの、なぜ二人は離れ離れになったんでしょう」
「話せば長いが、ようするにお互いの価値観が合わなかったってことなのだろう。私は彼女に捨てられたと思い込んだ。だが、彼女はずっと私の事を思っていてくれたみたいだ。その証拠に君はキャメロンと名づけられた」
「あまりよく分からないのですが」
 困惑するキャムにシドは笑みを浮かべ優しく施す。
「実は私も、キャメロンという名前だ。そして私の父母、君の祖父母に当たる人もどちらもキャメロンなんだ。キャメロンは男女共につけられる中性的な名前。 偶然父母がその名前だったため、どうせならとできた子供、私のことだが、面白がってキャメロンと名づけてしまった。私はそれがいやで仕方がなかった。だか らミドルネームのシドを使っている。その事を当時付き合っていた彼女、そう君の母親に話していたんだ。それを聞いた彼女は私との間で子供ができたときは必 ずキャメロンと名づけるといわれてね。まさかほんとに子供を授かっていたとは思わなかった。知らなかったとはいえ、ずっと放っておいて申し訳なかった」
 キャメロンにはあまり詳しい事情が分からなかったが、そんなことどうでもよくなるくらい、父親との再会に感激してしまった。
 その側で、乱杭歯男が、苦虫を噛んだ顔をして、首をうな垂れていた。
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