第十章


 乱杭歯男は、兵士によってどこかへつれられて行き、一時的に幽閉された。
 いくらキャムが乱杭歯男の事を憎いと思っても、処刑という言葉の重みに身が竦んでしまうところがあった。
 キャムのそういう気持ちを汲んで乱杭歯男の処分は後回しという事になり、父娘の再会を祝うことの方がこの時もっとも大切なことだった。
 シドのプライベートルームで二人だけで話をする。
「あの、僕、あっ、その私」
「男のフリをしてきたから、癖が抜けないんだね。しかし、クレートはその事を知らないでいるのかい?」
「はい、私を迎えに来たアクアロイド以外、船に乗ってるものは皆、私が男だと思ってます」 
「そうか、海賊に襲われて消えたと思ったアクアロイドもクレートが引き取っていたのか。どうりで海賊に肩入れしてた理由がこれでわかった。クレートは何もかも知っていたんだな」
「私とクローバーを守るためには仕方がなかったんです」
「クローバー?」
「アクアロイドの名前です」
「そうか、そのアクアロイドを送り込んだのは彼女か。君の母親だ。わざとそういう名前をどこかに記していたのではないかね」
「はい、その通りです。それじゃ、クローバーはお母さんが。あの、私のお母さんって一体どういう人なんでしょう」
「そうだな。それは直接本人に会うことだ」
「じゃあ、せめて名前だけでも教えて下さい」
「名前か、中々エイリー族の言葉で発音するのが難しくて、私が勝手につけた名前でいいかい。レミファソラ」
「それもなんか言い難い…… あっ、もしかして」
「気がついたかい?」
 シドは鼻歌でドレミの音階を演奏すると笑っていた。
 もう少し、父と母の馴れ初めを聞きたいとそれとなくキャムは催促するも、シドはあまり教えたがらなかった。
 そこには少なからずも何かの確執があり、お互い好きでありながら離れなければならなかった理由が今も後を引いているようだった。
 シドがスペースウルフ艦隊の艦長として宇宙に出ている理由、独立国家として大きな組織になっていることも、関係しているように思える。
 ネオアースに行けばその理由がわかるかもしれないと、キャムはその時を待つことにした。
「ところでだ。クレートを大切な人と言っていたな。もしかして、惚れてるのか?」
 単刀直入に聞かれ、キャムの頬はみるみるうちにピンクに染まって行く。
「図星だな。私もクレートなら賛成するぞ。あいつなら、キャムを任せられる。この艦ですらあの男に任せてもいいくらいだ」
「お父さんの目からみても、クレートのすごさが伝わってたんですね」
 キャムはなんだか誇らしげになっていた。
「しかしだな、男のフリをしていただけに、キャムには不利な恋だろうに。今後、どうするんだ」
「このまま、男のフリを続けておきます。いつかはお別れしなければならないのなら、私は、いえ、僕はこのままでさよならをいいたい」
 シドは考え込んでしまう。
 かつて自分が悲しい恋をしてしまい、年を取った今、どこかで過去の事を振り返っては間違っていたと思ってしまう後悔が出てきた。
 キャムには同じような悲しい恋をして欲しくない。
「キャム、私の変な遺伝子だけは受け継ぐなよ」
 キャムは首を傾げてシドを見ていた。

 そのとき、けたたましいアラーム音と共にオペレーターから連絡が入った。
 シドがすぐに司令室に向かい、キャムもその後をついていった。
 大きな要塞だけあって、司令室は複雑なコンピューターがびっしりと詰まっている様子に、キャムはなんだか畏怖してしまった。
「どうした、敵襲か」
「いえ、宇宙船が二機、猛スピードでやってきてるんですが、少し離れた場所を通過するとはいえ、並ならぬスピードに一応確認した方がいいかとその判断を窺おうと思いまして」
「どこの船だかわかるか」
「一つは宇宙を移動するための一般の自家用小型機程度ですが、もう一つは武器を備えた中型タイプです。今、望遠レンズで映し出してみます」
 パネルに、宇宙空間が移りこみ、そして徐々にそれが拡大され、二つの船が写りこんだ。
 コンピューター処理をして、さらに大きくすれば、中型タイプの船から四葉のクローバーのマークが判別できた。
「あれは、クレートの船」
 キャムが大きな声を出し、皆一斉に振り向いた。 
 恥ずかしさで身が一瞬縮んだが、シドに耳打ちする
「きっと、僕を探しに来てくれたんだと思います」
「すぐに船と通信を繋げてくれ」
 シドは楽しそうに命令した。
「キャム、どうする? やはりクレートの前では男のフリを続けるのか?」
「はい。だからお父さんも、調子を合わせて下さい」
「仕方ないな。息子ということにしておくか。皆もそのつもりで頼むぞ」
 そしてその直後通信が繋がった。
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