第十章


 シドが奮い起こした闘志は、クレートには懸念となって素直に賛同できないでいる。
 キャムは宇宙のいやな部分ばかりを見ているせいで、それを是正したいのは理解できる。
 シドは自分の子供に焚き付けられて、応援したい気持ちもわかる。
 だが、それだけでは、無駄な命が沢山失われることになってしまう。
 力と力のぶつかり合いは争いしか生まない。
 ネオアースに不満を持つもの、即ち殆どの宇宙で住む人間はスペースウルフ艦隊側につき、地球に住む人間はネオアース軍側につく。
 これでは意味がない。
 宇宙に住む人間が地球に戻るためには、地球側の一般市民の理解がなければなりたたない。
 戦争を起こして、どっちが勝ったにしてもこれでは禍根を残すことになりかねない。
 それよりも長引けば、資源が少ない宇宙側には不利になるかもしれない。
「水を差すようで申し訳ないが、それではなんの解決にもならないと思う」
「どうした、クレート。なぜ賛同してくれないのだ」
「キャムの気持ち、シド艦長の思いは理解できても、沢山の者を巻き込むだけにそれではなんの解決策も生まない」
「じゃあ、どうやって、嘘をついてるネオアース軍を引きずり出せばいいのだ? あいつらのせいで宇宙は歪み捲くっている」
「ここは一度、エイリー族と話をつけてみることです。ネオアース側は、エイリー族が居なくなるのを恐れているのなら、もう少し滞在期間を延ばしてもらう。 ネオアース側を安心させ、隙をついてエイリー族が地球を乗っ取ってないと宇宙にメッセージを送り、誤解をとくことから始めた方がいい。真実を伝えるだけで もネオアース側は押さえ込まれる。その間に地球側の人間に理解を示してもらい、宇宙の人間が地球に戻ってきても摩擦が起きないようにすべきです」
「クレートの意見は正論だと思う。だが、口で言うほど簡単ではない。ネオアース側はどんな汚い手を考えるかもしれないし、宇宙側に蔓延ったネオアース側の人間の方がどう入り込んで情報をコントロールするかもわからぬ。生易しさは失敗の元だ」
 シドの意見ももっともだった。
 ジュドーにしてみても、すでにネオアース側の力を取り入れて広い範囲に渡って丸く押さえ込んでいる。
 そしてガースもそうであると気がついた。
「そうですね。すでにこの艦にもネオアース軍のスパイは入りこんでいるみたいですし、スペースウルフ艦隊がまず一枚岩になれそうもないかもしれません」
「どういうことだ」
「そちらのガース隊長は、本日ネオアース側の人間と宇宙ステーションで会談をしているのはご存知でしょうか」
「なんだって。ガースが?」
「アクアロイドの船を襲わせ、キャムを危険な目にあわせたのも彼です」
「まさか、そんなことが」
「スペースウルフ艦隊自身、ガースの手によってすでにネオアース側に組み込まれていると考える方がいいでしょう。その中で、ネオアースに奇襲をかければ負けるのは目に見えてます」
 シドは頭を抱えていた。
 自分がお飾りの艦長であると自覚してるだけに、ガースの働き振りがこの時になって色々と腑に落ちる事がある。
「ならば、どうすればいい。このままネオアース側に騙され続ければいいというのか」
 暫く考え込んでしまった。
 意見を出し合うだけなら、簡単ではあるが、所詮絵に描いた餅に過ぎず、皆行き詰った。
「こうなったら、みんなで記憶喪失になるしかないね。全てを水に流せるほど何も覚えてない状態」
 マイキーがシリアスな展開に我慢できずに口をすべらした。
「そんなことできるわけないだろ。お前は黙っとけ」
 ジッロが横で軽く叩く。
「ここで意見を出し合っていても、狭い範囲でしか話し合われず、何も解決に結びつかない。ならは、ネオアース側と宇宙側が話し合う機会を持たなければなら ない。今までそんな機会すら設けられなかった。常にネオアース側が好き勝手に自分の選んだ利害が合う人間と話し合うだけで、好き放題される。宇宙側が結束 して一つにまとまり代表者をたてて、それを公式に話し合う。そこで過去の事を割り切って水に流せばどうだろうか。誰かが過去の事よりも、未来を考えようと 言えば、我々は変われないだろうか」
 シドは自分が今、過去を捨て未来を見ようと思うだけに、それを口にしてしまう。
「記憶喪失にはなれないけども、未来の発展を重視すれば、過去のことは水にながせるかもしれない。人間は常に前向きでなければならない。恨みや妬みからは 何も生まれない。ただ、気を狂わして不幸になっていく。私達は新たな道を作って一緒に歩む事を考えねば、人はいつまでも幸せにはなれない」
 クレートも未来の事を考える。
「人々の気持ちを纏めて、声を挙げて行く。一人の力では小さくとも、皆が一丸してネオアース側に声を上げれば、ネオアース側も無視できないってことか」
 シドは納得していた。
「それって、草の根運動だね」
 またマイキーが口を出した。
「それなら俺たちでもできそうだ。俺たちのコロニーの人間ならすぐに声を上げるぜ」
 ジッロも言った。
「とにかく、この宇宙側の人間をまとめることからだな。やってみる価値はあるかもしれない」
 平和的に解決できるならそうしたいと、シドはその可能性にかけてみた。
 クローバーはじっくりと皆の意見を聞いていた。

「だけど、また話戻るけど、キャム、どうしてもネオアースに行くつもりなの?」
 マイキーが心配している。
「行ってもいいけど、まさか俺たちのところに帰ってこないってことにならないだろうな」
 ジッロも気が気でない。
「とにかく僕はまずは母に会わないと。本当は黙って皆の前から消えるつもりでした。でも考えが変わりました。この宇宙が変化するのを見届けるまで僕はどこへも行きません。それを伝えに行くつもりです」
「ならば、私もキャムと一緒に彼女に会いに行こう。募る話もあるし、過去の落ち込みをいつまでも引きずりたくはない」
「お父さん、よほどお母さんの事が好きだったのですか」
「ああ、そうだ。ものすごく惚れていた。だからこそ受け入れられなくてショックも大きかったって訳さ。でも彼女からのメッセージを受け取って、心に染み入ったよ」
「あれはどういう意味だったんですか」
 シドはもう一度思い出していた。
『時は流れても思いは留まり消えることはない。いつか見つけた四葉のクローバーが受け継がれるようにと未来に託す。我々がまたいつかめぐり合わんことを』
「私達がデートしているとき、偶然に四葉のクローバーを一緒に見つけたんだ。それは幸運の証で、一緒に見つけたら結ばれるということを彼女に伝えた。彼女 はとても喜んで、それ以来、四葉のクローバーが大好きになったのさ。それから所構わずクローバーを繁殖させようと植えていた。きっと今も植えているんだろ う。一緒にまた四葉のクローバーを探すために。要するに彼女が言いたいのは、気持ちはあのままってことなんだと思う」
「そういえば、カザキ博士はコロニーでクローバーを植えてました。もしかしたら、それはお父さんたちが見つけたときの物と同じ種類なのかもしれません」
 キャムはクレートから貰ったクローバーのペンダントを胸元から取り出した。
「これ、クレートが僕を助け出す前に見つけてくれて、僕が寂しくならないようにって思い出の品として作ってくれました。このクローバーにはお父さんたちの思いが受け継がれてるのかもしれません」
 シドはそれをじっとみていた。
「クレート、な、やっぱり四葉のクローバーは男のロマンだとは思わないかね」
 突然話を振られて、クレートは戸惑っていた。
 そこに何か隠れた意図があるように、シドはにこっと笑っていた。
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