第二章 チーム発足


 クレートたちが脱出したコロニーはその後大爆発を起こし、無残に四方八方に飛び散った後は、至る所で浮遊して宇宙の果てまでゆっくりとさすらうゴミとなっていた。
 その光景を見届けるように、大型宇宙船から虚しく見つめている男がいた。
 腕を組み、怯むことのない野心をにじみ出しながら貫禄を見せ付けるように仁王立ちしている。
「艦長、ご指示をお願いします」
 オペレーターが、破壊されたコロニーの調査を急かした。
「パトロール部隊は、生存者がいないか確認を急いでくれ。何か見つけたらすぐに報告をしろ」
「了解」
 オペレーターは艦内放送で艦長の指示を伝え、その船のクルー達はキビキビと動き出した。
 艦長と呼ばれた男は、宇宙の荒波に屈しない揺るがない精神を持ち、常にその風格は一目を置かれる堂々としたものだった。
 年は30半ばを過ぎているが、老け込んだ様子は感じられず、寧ろ実年齢よりも若く見えた。
 そこには誰にも支配されず、その立場は中立を保ち、全ては自分の判断で行動する、精神の強さから滲み出るものがあったからかもしれない。
 ネオアースや宇宙コロニーの住民、または海賊とも違う、また新たに存在する位置づけにいるような男だった。
 特定の場所を持たずに、大型宇宙船を拠点に宇宙を彷徨う。
 その姿はまるで宇宙に漂う独立国家のごとく、力を持っていた。
 どこにも所属していない分、その存在は誰からも認められてはいるが、実際のところ周りは係わることを敬遠する。
 普通に生活する上で、何もしなければ害はなく、悪い奴らではないというやや肯定的なイメージを持ちつつも、一度敵認定されれば容赦なくその牙を向けてくる怖さも知っていたからだった。
 敵認定される奴らは決まって理不尽で嫌われる者ばかりではあるが、気まぐれやとしてもその名は一般に知られてるため油断禁物な存在だった。
 皆はスペースウルフ艦隊と呼び、それはまさに宇宙の狼の群れを意味していた。
 しかし、ネオアースとの関係に限っては白黒はっきりさせないグレーな部分があった。
 どちらも相手の出方を常に見張ってる緊張感が漂い、そして己の腹の内は隠している様子で、それは強かにズル賢く付き合う。
 利害が一致したお互いの利益を優先すればこそ、極端な敵にはならないが、味方ともはっきりと言えず、どこか信用できない面をも併せ持つ。
 その微妙なバランスでお互い保っているのだが、それも紙一重の危ういものだった。
 要するに深刻な問題が起こらなければ、基本お互い見てみぬフリの姿勢である。
「艦長、コロニーの爆発ぶりから、生存者は皆無に近いとの連絡が入りました」
 オペレーターが事務的に伝える。
 それは言われなくてもこの様子を見ただけで、誰でもそう判断してしまうくらいに悲惨な状況だった。
「念のため、引き続き広い範囲に渡って捜査を。脱出用カプセルで難を逃れてるとも限らん」
「了解」
 少しでもまだ希望を持っていたかった。
「もう少し早く来ていれば」
 コロニーの残骸を悲しげに見ながら、艦長と呼ばれる男、シドはつぶやいた。
 元には戻れない、どうすることも出来ない絶望感が、この時瞳に揺れていた。
 それを押し殺すように顔を強張らせ、この悲惨な状況を仕方ないものと受け入れることを彼は選んだ。
「博士、世話になった」
 誰に聞かれることもなく、言葉が小さく漏れていた。
 昔の事を思い出しながら、暫し黙祷を捧げていた。

 まだ物事の本質を見極められずにいた青二才だったころ、シドはPOアイランドでカザキ博士の弟子として研究をしていた経歴を持つ。
 科学者の端くれだった。
 人類のため、地球のためにとエイリー族と合同してそれは行っていたことだった。
 だがある日、心に違和感をもったことで、物事の見え方が変わってしまい、エイリー族との信頼感が揺らいだ。
 それは自分の行っていることにも疑問を投げかけた。
 一度失われた信頼はあっさりと積み上げてきたものを簡単に崩し、科学者の地位をも捨てる虚無感に苛まれた。
 潔く自分の地位は捨てられても、人類、エイリー族どちらにも失望してしまい、ネオアースで住むことに抵抗を感じてシドは悩む。
 そうして選んだ道が、宇宙をきままに彷徨うことだった。
 正義感はもてても、人のためにそれを貫き通す義理はないと、自由奔放に生きて成り行きを見る。
 それが面白いのか、共感を得たのかいつしか仲間が集まり、巨大な組織となって一つの国家と化してしまった。
 攻めてきたら、やり返す。
 恩を売られたら、それなりの礼儀は心がける。
 だが無理強いや過度の野望は持たない。
 あくまでも中立で物事をみては、独立している自分の立場を満足して、自尊心を高める。
 何もかも自分たちの手でやらなければならないが、自立心が芽生えてまた威厳に繋がってくる。
 シド自身、ここまで大きくなるとも思わず、またネオアースに潰されるとも思っていたが、幸運の流れに乗ったように、ことは順調に運んでいた。
 そこにはカザキ博士の根回しがあったのかもしれないと、勝手に憶測する。
 POアイランドでも人類側の最高科学者としての地位を持ち、エイリー族との深い交流とパイプラインで、元弟子の自分を陰ながらサポートしていると思ったからだった。
 カザキ博士はその後、引退してプライベートコロニーで気ままに過ごしていると聞いた。
 そしてシドにもそこで一緒に暮らさないかといつも勧めていた。
 シドは訪ねて行くことすらしなかったが、カザキ博士から定期的に届く近況報告の通信は受け取っていた。
 一度も返事は送ったことはない一方的なものだったが、最後に受け取った通信の内容がいつもと様子が違っていた。
『四葉のクローバー』
 それだけだった。
 それは遠い昔の記憶を刺激した。
 封印した過去の記憶のはずだった。
 胸騒ぎを感じ、心の隅に追いやっていた感情が呼び起こされ、それは重い腰をやっと上げさせた。
 そうして来てみれば、コロニーはすでに姿を消していた。
 なんだかあっけなくも、こういう結末を予想していたようでもあり、シドは醒めて見つめていた。
「艦長、脱出カプセルからの信号をキャッチしようと広範囲で捜索しましたが、何も反応がないとの報告でした」
 オペレーターの声が現実に戻させた。
「そうか。ならばなぜこうなってしまったのか、原因の究明を頼む」
 沈んだ声が、個人的ないたたまれない思いを表しているようだった。
 シドは黙って冷たい宇宙に瞳を彷徨わせていた。
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