第二章


 派手には褒めなかったが、クレートもアクアロイドの料理の腕はあっさりと認めた。
 先入観や感情に左右されずに評価を公平に判断できるところは、物事の価値を常に正しく見ようとしているからだった。
 言い換えれば、鋭い観察力を持っているとも言える。
 しかし不思議と食欲が満たされたこの時、心に平穏が宿って、会ったばかりのアクアロイドへの違和感がなくなってきているのを感じていた。
 多目的ルームとした部屋でジッロとマイキーに説明されながら、アクアロイドはテーブルを囲んでトランプで遊んでいる。
 それはとても自然にクレートの目に映っていた。
 ジッロとマイキーが早々と打ち解けたのも、アクアロイドに一切の敵意が感じられなかった部分も大きい。
 クレートも接しているうちにアクアロイドの雰囲気に飲まれてしまい、慣れというものが生じてきたのを認識していた。
 まだ会って間もないというのに、結局はアクアロイドの思う壺に嵌ってきている感じがしてならなかった。
 アクアロイドを信頼すべきか、クレート自身困惑しているようだった。
 記憶喪失というのは本当なのだろうか。
 アクアロイドは誠実な部分をもった人造人間で、主人には絶対的に忠誠を誓うと噂を聞いている。
 もし主人がいて、予め命令を与えられて行動しているとしたら、平気で嘘もつけることもあるだろう。
 疑えばキリがないが、何か重要な情報を隠しているとしたら、あのコロニーで何を受け取るつもりだったのだろうか。
 もしそれがあのカプセルに入っている人物のことだったとしたら。
 そうなればネオアースとの繋がりが出てくるし、それを隠すために嘘をつくということもありえる。
 考えれば考えるほど謎に包まれ、巻き込まれることに杞憂してしまう。
 クレートは窓際に立ちコーヒーを飲みながら、無邪気にカードで遊んでいるアクアロイドを見極めようとしていた。

「さあてと、そろそろ寝ましょうかね。宇宙を漂っていても、生活習慣は規則正しくしないと」
 マイキーが腕を伸ばして欠伸をし始めた。
「アクアロイドもやっぱり寝るのか?」
 遊んだカードを片付けながらジッロが訊く。
「はい、一応休めることはできます」
「なんだか無理やりな感じだね。自然に眠くはならないってことなんだ。俺なんて操縦してるとき睡魔が襲ってくるときが困る困る」
「マイキー、まさか寝ながら操縦桿握ってるのか」
「安心しな、寝てても操縦は完璧だから」
「んな訳、ねぇだろう!」
 ジッロはカードを一枚投げていた。
「へへへ、そんじゃ皆さんの命を預かる操縦士は先に眠らせて頂きますね」
 マイキーは部屋から出て行った。
「じゃあ、俺も休むとするか。アクアロイドも空いてる部屋好きに使って休んでくれ。休みたかったらだけどな。でも、俺たちが寝ているときに変なことすんなよ」
「そんな、お世話になってるのに、恩を仇で返すことなんてしません。それじゃ疑われないように私も休みます。そしたら記憶が戻るかもしれませんし」
 二人はクレートに挨拶して一緒に部屋を出て行った。
 クレートは外の景色をぼんやりと見ては、残りのコーヒーを静かに飲んでいた。
 少年が目覚めたときにのために、まだこの後準備する事がある。
 クレートは腰に装備されているポケットから、四葉のクローバーを取り出していた。

 宇宙船は隕石内に紛れてその姿を隠すように停止していた。
 システムは稼動したままに、別の宇宙船が近づいてきたら反応するようにセットされ、防犯対策は常にとられていた。
 その間、艦内は夜を作り出すために暗くなる。
 起きる時間になれば、自動で明るくなるように時間の設定がされ、常に体のリズムを整える配慮がされていた。
 クレートは就寝する前、もう一度カプセルで寝ている少年を訪れる。
 薄暗い中、カプセルが蛍のようにほのかな光を出し、やはり少年は静かに眠っていた。
 カプセルは、温度、湿度といった空調管理が整った、壊れ易いものを保管する特別保管倉庫室に入れられている。
「後暫くはゆっくりと寝ておくがいい」
 せめてもの気遣いのつもりだった。
 起きた後に全てを説明しなければならないことは、クレート自身胸が痛くなる。
 特に犬については、理由はどうあれ危害を加えてしまった罪悪感が拭えない。
 あの犬とこの少年には深い繋がりがあることくらいクレートには容易に推測できた。
「明日、全てを話す。辛い話で申し訳ないが」
 クレートは静かに倉庫のドアを閉め、重い気持ちを払拭するように背筋を伸ばして自分の部屋に向かった。
 キャプテンらしく、全ての責任を取る構えだった。
 
 この船が朝だと知らせるまで、艦内は宇宙と同等の吸い込まれそうなくらいの静寂さが充満していた。
 膨大な空間でひっそりと身を隠すように、小さな宇宙船は暫し息を潜める。
 その休息しているほんの隙間のこと。
 誰もが眠りについた時を見計らい、待ってたかのように薄暗い艦内で何かが動く気配がした。
 しかしそれは狡猾に誰にも気がつかれないまま、空調が流れるようにスムーズに彷徨う。
 だが、それは確実に、目的を達成しようと工作していた。
 誰もが平和に熟睡して誰もそれに気づくことはなかった。
 用心深いクレートでさえも、この時は深い眠りについていた。
 そして何事もなかったかのように、やがて艦内の夜が明けた──。
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