第二章
5
この日の艦内の朝を迎え、一番早く目覚めていたのはアクアロイドだった。
顔の表情はそうでもないが、鼻歌らしくフンフンとリズムを取ってはご機嫌に朝食の準備をしている。
コーヒーの香りが艦内に広がり、それに誘われて眠けまなこのマイキーがやってきた。
「わぉ、もう朝食の用意が出来てる。すごいな。なんか妻をもったようだよ」
「あら、いやん、マイキーったら」
猫なで声でアクアロイドは調子を合わせていた。
そうなると、マイキーのお得意分野だった。
おちゃらけのノリでアクアロイドの肩を抱き「愛してるよ、ハニー」と呟いては暫し遊んでしまう。
アクアロイドもさらにエスカレートして体に丸みを帯びた女体になり、マイキーのために雰囲気を盛り上げる。
二人は楽しい演出と言わんばかりに、面白がってわざといちゃいちゃしていた。
「はい、あーんして」とアクアロイドに言われれば、マイキーは抵抗することなく「あーん」と素直に口を開けてデレデレしていた。
そして、ジッロが大きな欠伸をしながら入って来て、目の前でいちゃいちゃしている二人に冷たく「ばーか」と棒読みに囁いては、それぞれの頭をペチペチと何気ない顔で叩いていた。
「ジッロ、俺まで叩くことないだろ。冗談でやってるだけなんだから」
「朝から気持ち悪いんだよ。アクアロイドもマイキーに合わせるなよ。コイツは図に乗るとどんどんエスカレートして行くぞ。そのうち本気で恋しちゃったらどうすんだよ」
「まさかいくらなんでも俺がそんな風になる訳ないでしょう。あっ、もしかして妬いてる?」
「馬鹿、なんでそうなるんだよ」
ジッロの手がまた出てマイキーが叩かれた。
これもいつもの事だった。
「やだ、私のために喧嘩しないで」
ついアクアロイドもこの状況をちゃかし、すっかり二人のパターンを読んだ様子だった。
結局最後はおかしくなり、二人は笑っていた。
「アクアロイドも、俺達に慣れたみたいだね。それはいいことだ。よしよし、いい子、いい子」
マイキーがアクアロイドの頭をなぜなぜして、愛情もって可愛がる。
またアクアロイドも犬のような耳をつくり、前で手を掲げて、ワンワンと吼えて答えていた。
「お前ら、いい加減にしろよ。これでいいのか、悪いのか、正直わかんねぇーわ。そんなことより、飯だ飯」
「はーい。只今」
アクアロイドはテキパキと動いていた。
「あれ、そういえばクレートはどうしちゃったの? いつも一番に起きてるのに」
テーブルについてマイキーは思い出したように言った。
「クレートだってたまにはゆっくり寝たいときもあるさ。昨日はちょっとゴタゴタしたしな。少し寝かしておいてやれよ」
この時は別におかしいと思わずに、ジッロはカップからコーヒーをすすって暢気に構えていた。
ところが、朝食を食べ終わって暫くしてもクレートはまだ起きて来ない。
さすがに心配になり、三人セットになって通路を走りクレートの部屋のドアを叩いた。
だが声が微かに漏れるだけで、反応が鈍い。
「おい、どうしたクレート、体の具合でも悪いのか」
ジッロがドアを開けると、クレートは頭を抑えて上半身を起こしているところだった。
「どっしたの? なんか辛そうだよ」
マイキーは心配して近寄った。
「大丈夫だ、なんか頭が少し痛いだけだ」
「それは大変です。ちょっと失礼」
アクアロイドは指の先を体温計に変えて、有無を言わさずにクレートの口に突っ込んだ。
咄嗟のことにクレートは抵抗できずに、うぐっと呻き声を出していた。
「指を突っ込まれたクレート…… なんかすごい光景だね」
「マイキー、笑い事じゃないぜ。クレートは病気かもしれないんだから」
そういいながら、ジッロもシュールな光景だと顔をしかめて見ていた。
アクアロイドの指がクレートの口から離れる。
「熱はないようですね。ちょっとお口を開けてみて下さい」
クレートがそれを拒否したために、アクアロイドはまた無理やり指を突っ込んだ。
それがクレートの口の中で変形して、ジャッキのように無理やり口を開けられ、まるでワニが口を開けたようになっていた。
あまりの強引さで、クレートはされるがままに呻き声をもらしていた。
「喉にも異常はないですね」
クレートはやっとの思いでアクアロイドの手を振り払った。
「当たり前だ! 私は大丈夫だ。ただの頭痛だ。しかし、なかなか目が覚めずに気だるいのは、おかしい。何か薬でも飲まされたようだ」
ふとアクアロイドを鋭く見つめる。
「そんな、私が食べ物に何か入れたってことですか。そんなことしてません。ほら私の目を見て下さい。これが嘘ついてる顔ですか」
無表情な顔がクレートに近づく。
「おいおい、アクアロイドちゃん。あんた元々目がないけど」
マイキーが突っ込んだ。
「なんかさ、ジョークなのか、訳がわからないくらいのボケだな。とにかくだ、昨日マイキーも俺も同じもの食べたけど、異常ねぇーぞ」
「クレートは働きすぎで神経休まる事がないし、今日はあの子起こすから、余計に気分が重たくなったんじゃないの」
沈黙があったが、その間にクレートは気持ちを入れ替え、指示を出した。
「よし、今からあの子を起こすとしよう。ジッロ、マイキー、あのカプセルを部屋に運び出してくれ。君も手伝ってくれるだろう」
アクアロイドを一瞥するクレートの眼差しがどこか厳しい。
アクアロイドは気にもせず、二人の後を追っていった。
だがその後、ことはスムーズに運ばず、一大事となってしまった。