第二章
7
「君がここへ運ばれてくる前に何が起こったか、全てを話す。そのシロという犬のことも。だからまずは姿を見せてくれないか?」
クレートがいい終わってから、少しの間があったが、覚悟を決めたのか、道具の間からその少年は出てきた。
眠っている姿しか見てなかったジッロとマイキーは、しっかり見ようと目を凝らしていた。
顔しか見えなかったカプセルに入ってたときと比べて姿全体が見えると、少年は華奢な体つきで小柄だった。
髪の毛はとてもショートだが、不ぞろいなために寝癖のようにはねていた。
色白の肌は温室育ちのひ弱さにもみえるが、とても儚げで美しい。
瞳は緑と蜂蜜色のようなマイルドな茶色が交じり合った不思議な色だったが、まるでオパールのように色がいくつも散らばった美しい輝きを持った神秘さを備えている。
その瞳がクレートをしっかりと捉えていた。
「シロはどこ?」
「その前に君の名前を教えて欲しい」
少しだけ間があったが、少年は声を振り絞って答えた。
「ぼ、僕は、キャ…… ム……」
怯えた奮えというものが伝わってくる。
「キャム。いい名前だ。私はクレート、そしてこっちがジッロ、マイキー、アクアロイドだ」
指を差して一通り名前を紹介する。
「アクアロイド?」
人間ではない姿に、キャムは驚いているが、犬の事が聞きたいとばかりにまたクレートに視線を戻した。
逃げるチャンスがあったというのに、それをしなかったのは犬のことがはっきりしなかったからだった。
どこかに保護されているかもしれない望をもっていたからこそ、自分だけ逃げる事ができなかった。
クレートにはキャムの心理が読めていた。
「君にはまず謝らねばならない。君の犬は私が間違って撃ってしまい、死なせてしまった」
「うっ、うそ、うそだ!」
やはり簡単に心を取り乱し、声を荒げた。
「すまない。あの時はああいう結果になってしまった」
キャムの目に涙がみるみるうちに溜まっていく。
それは大きな粒となって頬をつたっていった。
慌てて拭い、その後は泣かないようにとぐっと堪える。
「本当にシロは…… 死んでしまったの?」
間違いであって欲しいと思いながら、すでにどこかでもしかしてと思っていた恐れていた部分が現実へと変わりつつあった。
「本当に申し訳なかった」
クレートは静かにキャムに近づき、キャムの腕を取った
キャムは体をピクッとさせるも、掌の上に何かを乗せられ、それをじっと見つめた。
それは透明樹脂で固めてあったクローバーだった。
ペンダントのように加工されてチェーンもついている。
「これは……」
湿った睫毛が上向き、瞳はしっかりとクレートを捉えた。
「瀕死の中、君の犬が私を君のカプセルまで案内してくれた。その側で偶然にそれを見つけたんだ。それを見つけたとき、私は何か不思議な巡り合わせを感じた。慰めにもならないかもしれないが、『シロ』がもたらせてくれたものだと私は信じている。だから君に渡したかった」
クレートはしっかりと犬の名前を強調し、少しでもキャムの気持ちが和らぐのを願った。
何かいいたげにクレートを見つめ、キャムの瞳が揺れ動く。
清く澄んだ湧き水が、煌めくようにあふれ出てくる美しい魂をクレートから感じていた。
シロもそれをこの人から読み取った。
キャムは渡された四葉のクローバーを力強く握った。
「シロはあなたに撃たれたから死んだのではないです。シロはとても老犬でした。無理をして命がけで僕を守ろうとしていた。そしてシロはあなたにその後を託したのではないですか?」
キャムからもこのように言われると、はっとするものがあった。
じっとキャムの美しい瞳を暫く見つめ、そして目を伏せた。
「そうなのかもしれないし、ただの偶然かもしれない」
首を横にふるクレートに対し、キャムは肯定する。
「僕はそう確信します。今、シロの気持ちがとても分かるような気がします。そして僕自身、またシロのためにもお礼を言わなければならない。助けて下さってありがとうございます」
前日、散々話し合って、懸念していた問題が、キャムの素直な心であっさりと解決した。
ジッロとマイキーはお互い顔を見合わせて、スムーズに事が運んでいるこの状態にあっけに取られていた。
「あのさ、俺たちが、悪者とか嘘ついてるとかこれっぽっちも疑わないわけ?」
「馬鹿、マイキー、自分でそんな種まいてどうすんだよ」
「だってさ、あまりにも素直だからさ、びっくりしちゃって」
今度はキャムが説明する番だった。
キャムがコールドカプセルに入ったのは、攻撃を受けてからすぐのことだった。
隠れるために咄嗟にシロと一緒にカプセルに入り込んで立体映像でカムフラージュし、様子を伺うはずだった。
ところが扉が閉まる直前にシロがカプセルから抜け出して、シロの足がスリープ開始ボタンを押してしまった。
あっと言う間の出来事で、カプセルは蓋が閉まるとすぐに催眠ガスを噴出し、キャムは抵抗できずにすぐに眠りについたということだった。
だからあの時、シロとの別れで睫毛が濡れていたとクレートは思い出していた。
「攻撃を受けて、あまり時間がありませんでした。立ち向かうにも武器はなく戦える人もいなかった。あのコロニーには僕一人でしたから」
「他の人たちはどこいったんだい?」
マイキーが質問する。
「元々、あそこはカザキ博士のプライベートコロニーで、他に人はいませんでした。博士は孤児だった僕を引き取って育ててくれたんです。でも先日なくなってしまい、僕は一人で暫くあそこに住んでいたという訳です」
「じゃあ、あの墓はその博士という人のものか」
ジッロも口が知らずと動いていた。
「それじゃさ、このアクアロイドのこと何か聞いてる?」
マイキーが横に突っ立っていたアクアロイドを引っ張って前に出した。
「いいえ、何も聞いてませんし、アクアロイドというのも今回初めて知りました」
「でもコイツは、何か大切なものを取りにそこへ行くつもりだったんだ。だけど運悪く海賊に襲われて頭かち割られてさ」
「えっ、頭かち割られた?」
キャムは驚いて聞き返す。
「あっ、コイツは体の形体を自由に変えられるんだ。それは元に戻ったんだけど、記憶の方がなくなってしまって、何の目的であんたのコロニーに行こうとしてたのか思い出せないんだ」
ジッロがペチペチとアクアロイドの頭を叩いた。
アクアロイドはなす術もなくじっとしていた。
その様子をクレートは注意深く見ていた。
「アクアロイドは君を迎えに行ったんじゃないのか」
クレートの問いにキャムは首を傾げる。
「どうなんだよ、アクアロイド。ほら、お前も思い出せ」
ジッロはバチッと大きく叩く。
「あん、もう、虐めるのはやめて下さい。私だって、今必死に考えてるんですから」
「あっ、そういえば、博士は研究をしていて、それが成功したとか最後に言ってたのを聞いた事があります。もしかしたらそれを取りに来てたのでは?」
キャムはアクアロイドに視線を移した。
「で、その研究ってなんだい?」
マイキーが聞くと、キャムは首を傾げて「よくわかりません」というしかなかった。
実際博士の研究のことなど何も聞かされてなかった。
「やっぱり、お前が記憶をなくすのが悪い。しかも海賊に捕まりやがって、そのせいでキャムのコロニーは破壊され、キャムも危ない目に合わせた。犬だって、死なずにもっと長生きしたかもしれないのに。全部お前のせいだ」
ジッロはなんだか急に腹が立ってきた。
「そ、そうですよね。全部私が悪いんです。本当にごめんなさい」
意外にも殊勝な態度にでて、アクアロイドがキャムに近づき、両手を取ってすがりついた。
「あ、あの、ちょっと待って下さい」
キャムは落ち着きを払い、にっこりとアクアロイドに微笑んだ。
「僕は誰も恨んでませんし、やはり命を助けてもらったってことが一番大事です。感謝してます」
「なんて素直でいい子なのかしら」
アクアロイドは条件反射で抱きついていた。
キャムは大人しくアクアロイドのされるがままだったが、その表情は困惑して固まっていた。
そして遠慮がちに質問をする。
「あの、お名前はアクアロイドさんでいいんでしょうか?」
「アクアロイドは私のようなもの全てに称される名称なんですけど、私にはこういう識別番号がついてまして」
腕をさっと見せた。
『CL-OVER-4C』とまたくっきりと浮かび、それを見てキャムは目の瞳孔を大きくさせはっとしていた。