第二章


 成り行きでまた一人仲間が増えた。
 クレートが決断したことにはジッロもマイキーも異論はないが、急な状況変化に少し戸惑いを見せ、ひ弱そうな新しい乗組員を頭のてっぺんからつま先まで見ては、どうしようかと思案している。
 クレートはそっけなく普段と変わりないが、ジッロとマイキーは嘗め回すように、キャムの周りをぐるっと囲んで難しい顔をする。
 キャムは、その威圧感で恐縮しては怯え、無意識に後ずさった。
 何を言われるのかビクビクして、二人の顔色を窺っていると、二人の顔が急に破顔一笑した。
「お前、なんだか細いし、もやしっ子みたいだな。でも俺たちが鍛えてやるから心配すんな。なあ、マイキー」
「もちもち。こうやって良く見たら、俺達の弟みたいで結構かわいいじゃん。猫っ可愛がりもしちゃうよん」
 ジッロとマイキーはキャムの頭をくしゃっと撫ぜたり、肩を叩いたりと手荒に扱うも、それは二人ならではの愛情表現だった。
 キャムはそれに答えようと精一杯の笑顔を見せていた。
「この二人の冗談はきついときがありますから、気をつけて下さいね。その時は私がお守りしますからご安心を」
 クローバーは変な事をするなと二人を睨んだつもりだったが、相変わらずの表情なしに、ジッロとマイキーには伝わらなかった。
 クレートは無言であったが、クローバーに何か言いたい事がありそうな目を向けている。
 朝、中々起きられず体がだるかった理由、コールドスリープカプセルが壊れ、キャムが目を覚ました訳、その推理をぶつけてみたかった。
 しかし、敢えて見てみぬフリを決め込む。
 クローバーは記憶を失ってなどいない。
 それがクレートの出した結論だった。
 だがまだその意図がよく見えてこない。
 隠された真の理由が分かるまで、クレートは全てにおいて騙されたフリを決め込んだ。
 それを誰にも悟られないようにと、静かに一人でどこかへ行ってしまった。
 その時、キャムはジッロとマイキーに玩具にされながら、クレートの後姿を目で追った。
 手にはしっかりと四葉のクローバーが握られていた。

 新しいチームが出来上がったその直後、それを祝うかのように早速仕事の依頼が入って来た。
 仕事は個人のやりとりから、大きな組織のビジネス取引や各コロニー地区同士の物資配達も含め、とにかく運べるものなら何でも運ぶ輸送業務である。
 直接カスタマーからの依頼は中々入りづらいため、仕事を紹介してくれる仲介屋もよく利用する。
 今回の依頼はその仲介屋が紹介してくれたものだった。
 仕事を選んでいる立場ではないので、依頼者が見つかればすぐさま受けるが、この仲介屋のウィゾーは特にがめつくズル賢い。
 クレートは充分承知しているので、いつもウィゾーには目を光らせて警戒しながら依頼を受けていた。
 ウィゾーもクレートに対してやりにくいと思っていたが、仕事はきっちりとこなし、上手く取り入れれば自分の利益に繋がるだけに、そこは賢く振舞う。
 お互い利害が一致すればいいビジネス仲間には変わりなかった。
「それで、その荷物を確実にセカンドアースコロニーのネゴット社に届けて欲しい。かなり纏まった数の荷物だが、クレートできるか?」
 操縦室のモニター画面いっぱいにウィゾーの顔が映りこんで商談していた。
 抜け目のない小さな事を見逃さないレーダーのような目つきは、クレートとはまた違う悪どさが備わっている。
 闇の部分もわかっている悪びれた人相ながら、自分の利益のためなら作り笑いも猫なで声も平気でするような男だった。
 ビジネス面では演技で腰を低くできるので、依頼人にとっては話し易く気さくとみなされやすい。
 実際、口達者でもあるので、話術にも富んでいるから中々の仕事ができるビジネスマンではある。
 モニター画面にウィゾーの笑みが厭らしく映っていた。
 マイキーは大あくびをしながら操縦桿を握りながら聞き、ジッロは腕を組んで突っ立って、クレートのやり取りを見ていた。
 キャムは仕事を早く覚えようと、みんなの様子を変わりばんこに見つめながら、忙しく首を動かして観察している。
 クローバーは何を考えているのか全くわからないまま、置物のようになって相変わらず無表情だった。
「わかった、仕事を受ける。その荷物はどこに取りに行けばいい」
 ウィゾーはデーター化してすぐに送信する。
「今、送った場所だ。話はすでについている。依頼金だが、今回は我輩が4割貰う」
「えー、ちょっと待った。それってぼったくりじゃないの? 危険を冒して重労働をしているのは俺たちだぞ。大目に見積もっても2割が打倒じゃないの」
 マイキーが声をあげた。
「ちょっと、おっさんよ。あんまり俺たちを安くみないでくれるか」
 ジッロは画面に銃を向けた。
「おいおい、それなら仕事は回さなくてもいいんだぞ。他にだっていくらでも代わりはいる」
「ちぇっ、今度は脅しかよ。どうするクレート。これでいいのか?」
「ジッロ、今は仕方がない。我慢だ」
 クレートは落ち着いていた。
「わかった、ウィゾー、それでいい。だが、不正や私達を騙すことだけは絶対にするなよ。その時はジッロの銃が黙っていない」
「ヘイヘイ、もちろんわかってるさ。我輩だってこういう商売をしている以上、きっちりとしたビジネスマンだ。その点はぬかりないさ」
 ウィゾーはニタついた笑いを振りまくが、やはり胡散臭さで一杯だった。
「ところで、いつの間にか仲間が増えたんだな。えらく子供っぽいのともう一人はアクアロイドじゃないのか? よく手に入れられたな」
「ああ、ちょっとした僥倖でね」
「もし売るときがあれば、我輩に相談してくれ。そいつなら高く買ってくれるやつが一杯居るぜ。とにかく、商売のことならなんでも我輩に訊くこった。それじゃ後は宜しく頼む」
 商談後は無駄な時間は禁物というくらいに通信がプツリと消えた。
「なんだか、あのおっさん見るといつも腹立ってくるぜ。あんなんに頼らないと仕事がないなんて癪だ」
「ジッロとは相性悪そうだもんな。まあ今のところは仕方ないんじゃないの。この先信用が上がるまでの我慢だ。それに食べて、この船の燃料費が稼げるだけまだましまし。そうだよな。クレート」
 クレートはそっけなく「ああ」と返事するだけだった。
 仕事は入ったとはいえ、ウィゾーのせいでムカつきが残ってしまい、一同は黙り込んで操縦室は静寂さが漂った。
 そこに小さな声が弱弱しく流れ込んできた。
「あの、ところで、チーム名なんてあるんでしょうか?」
 キャムがおどおどと遠慮がちに訊いた。
「チーム名?」
 誰もが面食らったように、キャムに視線を向けた。
「でもお仕事するには会社の名前とかあるじゃないですか。だからここはなんていう名前なのかなって思いまして」
「そんなもん、ないぜ。いつもクレートが仕事を受けるから、クレートが窓口になってるだけだ」
「そうだよな。チーム名がいるほど上品な仕事受けてなかったし、でもさ、そういえば、あった方がいいね。キャム、いいところに気がついたね」
 マイキーはキャムをお子様扱いして、褒めていた。
「クレート、なんか適当に決めてくれよ。かっこいい響きならなんでもいいぜ。なっ、マイキー」
「うんうん」
 クレートに視線が集まるが、すぐにはいい名前がつけられないのか、焦点を合わさずに前を見つめているだけだった。
「あのー、僕にいい案があるんですけど」
 またキャムがしゃしゃりでた。
 みんなの視線を受けたとき、キャムは少し恥ずかしがった。
「で、なんてつけたいんだい? とりあえず、言ってみな」
 ジッロに後押しされてキャムは明るく答えた。
「four-leaf clover(フォー・リーフ・クローバーで す。一人が一枚の葉っぱと喩えて4人分。そしてアクアロイドのクローバーも入って、『四葉のクローバー』という意味です。 シンボルマークもそれにして、船にロゴとして描きましょう。そして胸の部分にはそれぞれ緑のハートの葉っぱを一つロゴとしてつけたユニフォームを作るんで す。どうですか?」
 乙女チックな発想と、無邪気に提案するキャムは確かにかわいいが、ジッロもマイキーもどこか子供っぽすぎて、返事に困っていた。
 だが、パチンと指がなり、それは目を覚まさせるように部屋に響いた。
「four-leaf clover、よし、それでいこう。悪くない」
 クレートの即決に、ジッロとマイキーは面食らう。
「おい、クレート、そんなにあっさり決めていいのか?」
 ジッロが最後の足掻きで遠回しに考え直せと仄めかしても、クレートは真顔で首を縦に振っただけだった。
「ほんとにそれでいいんですか?」
 言った本人もあっさり決まったことに困惑しつつも、仏頂面のクレートが口元を上げて優しく微笑した。
 それを見たキャムは、少しびくっと驚いてその延長でドキドキしてしまった。
「フォー・リーフ・クローバー・デリバリーサービス。四葉のクローバーで幸運の意味もある。縁起もいいじゃないか。さあ、これから一仕事だ、諸君。気を抜かずにやるぞ」
 ジッロとマイキーは即「ラジャ」と返した。
 遅れてキャムも真似をしたが、初仕事に緊張してしまう。
 さっき笑顔を見せたクレートはもうすでに厳しい顔に戻っていたが、怖い雰囲気があるだけに、微笑んだ表情はとても印象深かった。
 クレートの存在が徐々にキャムに入り込んでいく。
 シロに対する償いとキャム自身のために何かしたかった心遣いで、クレートから貰った四葉のクローバーは首にかけて、宇宙スーツの下にすでに身に付けている。
 四葉のクローバーがラッキーなシンボルであるように、キャムはここに来た事が導かれた運命のように思えてならなかった。
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